盲目の美少女を捕虜にして四日目、午前の詰問。彼女には大変申し訳ないと思うのだが、俺はこの時間を心待ちにするようになっていた。 | 捕虜となって四日目の朝。重い扉の開く音が聞こえた。その向こう、東側から差し込む光を瞼で感じ、朝だと判る。 |
「どうだ。何か言う気になったか?」 | |
詰問口調でいるのはむしろ楽だった。美少女を前にして砕けた口調で話せと言われたところで、俺にできるはずがない。 俺にサディストの気はない。自分で言うのも何だが、恐らく、全くない。そんな俺が楽しみにしているのは、もちろん問責じゃない。彼女に会える、彼女の顔を見られる、彼女の声が聞ける、それだけだ。 けれど、彼女はいずれこの場所を離れて行ってしまう。それは上による連行かも知れないし、彼女の仲間からの襲撃かも知れないし、考えたくはないが、衰弱死かも知れない。 |
『彼』の声。ほっ、と息が漏れる。いつもと変わらない口調、それどころか全く同じ台詞。 盲目である私に配慮したのか、それとも彼の所属する組織はもともと穏健派なのか、地下室に放り込まれるでも鎖でつながれるでもなく、柔らかな寝台のある部屋での軟禁だった。 それでも監禁に変わりはない。寝台に座り、食事を摂り、横たわり、時たま詰問される、その繰り返しがじわじわともたらす狂いを、私は感じ始めている。 例えば、目の前にいる『彼』を、愛しく思い始めた―――など。 |
「私が知っている事は、何もありません」 | |
見た目にふさわしい、美しい声。そんな表現しかできない俺は、語彙のなさを実感する。何だっけ、匙を転がすような…? いや何か楽器だったような? ヤマトさんに後で聞いてみないと。 |
私もやはり、いつもと同じ台詞。彼を失望させるだろうか、という考えが一瞬頭をよぎる。失望ならまだしも、成果がないことを責められて、他の誰かと交代させされるのではないか。 |
「言う気になったら、いつでも言ってくれ」 | |
変な沈黙をとりあえずごまかす。 本当はもっと長く話していたい。当たり前だ。だが時間が限られているし、俺も何を話せばいいか判らない。そもそも俺は兵士で、相手は捕虜だ。話が弾むわけがない。 だから、俺は毎度こう言って去るしかない。 |
そんな言葉に彼の優しさを感じるのは、幻想だろうか。 彼の声が聞けるのはほんのわずかな時間だけ。その時間もあっという間に終わる。なぜなら、私は捕虜で、彼は兵士。それ以上でもそれ以下でもないのだから。 |
「じゃあ、また来る」 | |
彼女に背中を向ける。 | 私は応える。 |
「はい」 | |
扉を閉じてから、気づく。 「はい」って…あれ? 変じゃない? |
閉じた扉に向かって、そっと呟く。 「待っています、あなたを」 |