Radwair Chronicle
"嘆願"
〜the Last Petition〜
 前後左右の見えない暗澹とした場所。
 その中で宙に浮かぶように、シルドアラ風の黒い衣装に身を包んだ男が、背もたれつきの椅子に鷹揚に座っている。闇は濃く、顔は見えない。
 それと向かい合って立っている、魔導長シェード。普段の覇気はなく、疲弊した様子が伺われる。

 シェードの左唇が引き上がる。

「久しいな」
「そうね。つか、そっちがもう二度と会わねえとか言ったんじゃなかった?」
「ハッ。あいにく都合の悪い事は忘れる事にしている」
「ふっ。まあいいさ」

 男が椅子に前かがみに浅く腰掛けなおし、膝の上で手を組む。

「改まって何の御用?」



 流れる沈黙。



「巫女の予言だ。異界の王がラドウェアを滅ぼす」

「は?」


 ぽつり、ぽつりと話を始めるシェード。

「以前に、霊界の長子と契約した。即ち霊界の王だ。それが、ラドウェアを滅ぼすのだ」

 考える仕草をする男。

「『異界の王』が霊界の長子を指すとは限らないんじゃ?」
「ならば他にどの界の王が地上に興味を示すというか」

 沈黙する二人。

「偶然ではない」

 つぶやくように繰り返すシェード。

「偶然ではない……」


 シェードは自分の両手に目を落とす。

「もうじき私は地上から消え去る」

 ぐっと両手を握るシェード。

「そうすれば、この血の一滴から髪の一筋まで、すべて異界のものらへの捧げ物だ。私がそうして力を得てきたように」

 バッと両腕を広げるシェード。マントがたなびく。

「私の力が! ラドウェアを守るがために私の欲した力が! 私の求め続けた力が、最後にラドウェアを滅ぼすのだと! お笑いぐさだ! ハハハハハ!」

 しばし狂ったように笑い続けるシェード。椅子の男はそれを見つめ続ける。



「それで?」

 シェードの笑いがやむ。


「死ぬ前のお願い言ってごらんなさい、外道魔導長。聞くだけ聞いてやるから」
 

ゆっくりとうなだれ、やがて深く頭を垂れるシェード。片ひざをつき、その体が小刻みに震える。


「ラドウェアを……守ってくれ……頼む……」

 にっ、と笑う男の口元。

「頼まれた」

 男は椅子から立ち上がる。

「オレもあの国とは色々縁があってね。…そう、もしかしたらお前以上にね」

 シェードの横をすり抜け、黒いマントをひるがえす。
 顔を上げると、ようやくその容貌が明らかになる。ヴァルトだ。その両の目は、あくまでも挑戦的に黒く輝く。

「滅ぼさせやしないさ。もし滅びるなら、付き合ってやる」

End.


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