Radwair Chronicle |
"苺タルトでお祝いを" 〜Happy Birthday with You〜 |
「ディアーナ!」 開きっぱなしの扉から声と共に入ってきたのはエリンだ。スカートをひらめかせて華麗に一回転し、片脚を前に出して深く一礼する。差し出された右手の皿の上には、甘く香ばしい香りを立てる焼きたての苺タルト。その中心には小さな旗、赤い龍の描かれたラドウェアの国旗が刺さっている。 「誕生日おめでと、我らが女王様。バタバタしちゃって二日遅れだけどね」 客人との話を中断されたことに文句を言うでもなく―――言うはずもなく、ディアーナは胸の前で手を組み、瞳を輝かせた。 「ありがとう、エリン!」 「誕生日おめでとうって、普段のおやつだろそれ」 つい今までディアーナの話し相手だった青年が、やや舌足らずの大陸共通語で茶々を入れる。先日に前開きの服の大部分を染めた血は洗い落とされ、本来の白を取り戻していた。巨漢と表現するに充分値する体格だが、その体はまだなお成長途中にあると見える。 エリンは負けじと胸を張る。 「旗! 見てよ、旗!」 「旗だけか」 「いいじゃない、大事なのは き・も・ち! はい、食べる食べる!」 「あっ、シークと一緒に食べてもいい?」 「しょうがないわねー。特別に許可してあげる。ナイフ持ってくるね」 タルトの皿をディアーナに手渡し、エリンは身をひるがえして廊下を走っていく。ナイフもフォークもなしで食べさせる気だったのか、と追求するほどディアーナは厳しくはないし、シークと呼ばれた青年もここに来てまだ日が浅い。彼はディアーナに目を戻す。 「誕生日か」 「うん」 「いくつになった」 「十五歳」 「十五か! いい年だな。もっと子どもかと思った」 「こども…」 一度口を尖らせ、それを引っ込めてから、ディアーナは優に頭一つ分は高い彼を見上げる。 「シークの誕生日はいつ?」 「冬」 答えて、青年は窓の外を見やる。 「おれの産まれた日は、雪が降ったんだと。シルドアラじゃめったに降らない」 「ラドウェアは毎年雪が降るよ」 「山の中だからな。シルドアラよりだいぶ北だし」 シルドアラに比べれば、ラドウェアの冬は遥かに長いだろう。なればこそ、この時期には一斉に競い合うように木が芽吹き花が咲く。 「いい時に産まれたな」 「うん」 にっこり、と形容する以外にない満面の笑み。つられて、青年も顔をほころばせる。 「お待たせ!」 エリンの声に、二人は振り向いた。突き出された彼女の手に握られているのは、三本のフォーク。 「…三つ?」 「あたしの分」 「おい」 「エリン、ナイフは?」 「あ」 「あ、っておまえ」 「いいよ。フォークで切ろう?」 「おまえもいい加減だな」 「ちょっと、女王に向かってそれは不敬罪でしょ」 「おまえこそ呼び捨てにしただろさっき」 「あたしは昔からの仲だからいいの」 「意味わからん」 「はい、喧嘩しないで。いただきます!」 エリンの父である料理長ドレフィンが、毎年この日のためにいち早く取り寄せる苺。それをふんだんに使ったタルトの、不格好に分けられたひと切れをほおばりながら、三人は甘酸っぱい春の訪れを満喫した。 |
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