Radwair Chronicle
"沈黙の城"
〜Snow fell in Silence〜
 静寂の向こうに、雪が降り積もる。

 少女がいる。かつてテラスであった大窓から眺める視界は白一色。それをさらに白く塗り込めるように、後から後から雪は風を帯びて降り続く。
 太陽の光を浴びたことのない肌は雪をもあざむくほど白い。つややかにさざめき流れる髪は腰よりも長い。
 雪の精霊が存在するとすれば、こんな姿だろうか。はたまた、彼女をじっと見守る男のような姿だろうか。
 男の影の白さは少女のさらに上を行く。血管を流れているのは水か水銀か、そう思わせる真白な肌に、輝きの褪めた銀糸のような髪。整った顔面を縦に引き裂く傷口と、真紅の両の瞳だけが、彼に白以外の色が許されていることを語る。

 見飽きたはずの景色に、少女は何を思う。

 父親はいない。彼が殺した。
 母親はいない。彼が殺した。
 父親が彼女に与えたものはその名だけ。
 母親が彼女に与えたものはその体だけ。
 少女の名はリンカという。長い睫毛に縁取られた目は母によく似ている。

 危なかしいながらも、リンカは一人で食事を摂れるようになった。数千の民を丸一年養うために備蓄された食糧は、到底彼女一人で食いつぶしうるものではない。麦を挽いてこねた生地を召使いが焼いてやれば、声に出さぬながらも空腹を覚えるのか、リンカは走って行って、召使いの空いた片腕に飛びついた。
 勢いが強かったか、召使いの腕が不快な音を立てた。だらりと垂れ下がった腕の付け根から、防腐液が流れ出る。
 たしなめるでもなく、彼は口を閉ざしたまま少女を下がらせる。
 彼が確信をもって口に出せる言葉はもはや何ひとつない。己の存在すら彼には危うい。

 『ヴィルオリス。万人がそれを受ける事を望まぬ行為は悪と心得よ。万人がそれを受ける事を望む行為を善と心得よ』
 そう教えた男ももはやいない。彼が殺した。
 万人とは何か。ここにはただ二人しかいない。ほんの二人の間でさえ、真実は淡雪のように消え去っていく。
 真実とは何か。言葉とは何を表すのか。それすら彼は知らない。何も知らぬ彼が何を教えることができよう。目が合えば名を呼び、時には冷たい風呂に入れて髪をくしけずる。彼にできるのはそれだけだ。
 それだけが、少女の両親が与えた絆だと、彼に与えた義務だと、そう感じることができる。

 召使いから取り上げた皿を、少女の前に差し出す。少女はお気に入りの椅子の上に座り、皿を膝に置いて黙々と食べ始める。
 それを、男はただ眺める。
 誰もいない城にただ二人だけ。時はやがて静かに積もり、少女はゆるやかに成長を遂げるだろう。言葉知らぬ少女が母親に似て美しく育ち上がったとして、それをどうしたものであろう。
 いつまで、ここにいるのか。あるいは、ここを出てどこへ行くのか。彼が語ることはないだろう。少女もまた、語ることはないだろう。

 永遠の沈黙に閉ざされた城に、今日も雪が降り積もる。

End.


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