「我と我が血と我が名において――」
言霊は、空から降ってきた。
砦の上から、さらに高塔を見上げた三者の目に、黒衣の魔導師の姿が映った。
「――分かたれし天より地へ波打つ刃の裁きを与えよ」
空気がわなないている。彼の両手の内が鈍く輝き、徐々に明るさを増していく。その光に照らされた表情は、戦時にありながら余裕に満ちていた。
「ヴァルト?」
シュリアストはその魔導師をよく知っていた。いつもは陽気で、人を食ったようなおちゃらけた男だった。
そのヴァルトが何をしようとしているのか、魔導師でないシュリアストには図りかねた。しかし、この窮地に何かを為そうとしているのは確かだ。
「詠唱系……」
「"波紋の刃"か」
傍らで、二人の魔導師が呟く。魔導師団員のモリンと、団長のティグレインだった。シュリアストには馴染みのない言葉だ。
「波紋……何?」
「詠唱系最上級魔法"波紋の刃"――あれを唱うるに足る魔力の持ち主は魔導師団にも他におるまい」
ティグレインは団長たるにふさわしい知識を披露してみせた。彼はまるで珍しい絵画でも鑑賞するかのように、悠然と腕を組んでいる。
「その威力の程は……」
形容する言葉を探して、しかしすぐに止めた。その口元に、微笑が浮かぶ。
「フッ、見れば判ろう」
ヴァルトの詠唱が終わったのを悟ったのだ。
「うぉら行ったれやー!!」
不敵な叫びとともに、ヴァルトの手から地上へ向かって激烈な光の爆弾が放たれた。
シュリアストは、その光景を呆然と見つめていた。
直撃を受けた爆心の兵は、もとよりひとたまりもない。
光は遥か彼方の稜線さえ照らす。波動は爆風と轟音と衝撃を伴い、刃となって放射状に拡散した。将兵たちの肉体をちぎり、つんざき、ことごとく破壊する。その圧倒的な力の前では、鋼鉄の鎧すら布切れ同然だ。
「!」
「わっ」
シュリアストとモリンの目の前まで、砕け散った敵の腕が飛散してきた。シュリアストは咄嗟に右腕で顔をかばう。その隙から覗き見た光景に、彼は戦慄した。
目の前の現実はいかな地獄絵をも超越していた。光が消えた後は、ただ原形を留めぬ骸ばかりである。本当の地獄は、静寂なのだと思い知らされた。
「こっ……こんな魔法が……」
魔導師のモリンでさえ、信じられないといった様子で身を乗り出している。
「何だ今の、魔法?」
「すげぇ!」
事情を知らぬ兵卒らのどよめきが聞こえる。突然おとずれた形勢逆転と、むせ返るような血の臭いに酔っているようだった。
シュリアストは冷静な自分を強いて呼び戻し、無残な死屍の折り重なる戦場へ再び目を向けた。
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