二人が見上げると、塔の上に、光をまとったひとつの人影があった。
「我と我が血と我が名において」
湧き上がる光に黒い髪をなびかせながら、塔の上の男は目を閉じて詠唱を続ける。
「分かたれし天より地へ波打つ刃の裁きを与えよ」
「ヴァルト?」
男の名を、我知らず鎧の男が口にする。彼と同じ光景を見ながら、隣で制服の少年が呟いた。
「詠唱系…」
「"波紋の刃"か」
受けて継いだのは初老の男だ。魔導師の中でも相当に位が高いのだろう、彼のためにあつらえたと見える肩掛けとマントを身にまとっている。
「波紋…何?」
鎧の男がおうむ返そうとして失敗する。初老の魔導師は腕を組んで目線を下ろした。
「詠唱系最上級魔法"波紋の刃"。あれを唱うるに足る魔力の持ち主は魔導師団にも他におるまい」
そう語る間にも、塔の上の男の周囲に吹き上げる光の風の勢いは増し、柱のごとく立ち昇る。
「その威力の程は…」
初老の男は説明を止め、まぶたを閉ざして口角を上げた。
「フッ。見れば判ろう」
それに応えるように、ヴァルトの魔法が発動した。
「うぉら行ったれやー!!」
広げていた両手を、威勢のよい掛け声と共に下方へ突き出す。その軌跡を追って、巨大な光の球が鋭い音を立てて尾を引きながら急降下した。手に手に武器を構えた地上の兵士たちの中心で、それが炸裂する。閃光が走ったと見えた瞬間、轟音があたりを支配した。水平に広がる光の刃が、鎧姿の兵士たちの胸を、腰を、容赦なく切断する。
鎧の男と少年が見守る中、光は爆音を轟かせながら、まばゆい波紋を描いて広がっていく。魔力風が吹き上げ、魔法の発動を終えたヴァルトの黒髪を、黒いマントを、激しく舞わせる。
波紋は城壁にはじけ、光と共に兵士たちの血を舞い上げた。
「!」
「わっ」
とっさに身をかばった二人が、光の薄れを確認してその手を下ろした時に見たものは、光球の落下点を中心に放射状に倒れたあまたの兵士たちの死体だった。強力な魔法の発動した残響がかすかに聞こえる。
「何だ今の、魔法?」
「すげぇ!」
どこからか興奮した声が届く。
「こっ…、こんな魔法が…」
城の兵士たちの歓喜のムードには乗り切れず、青ざめた顔で少年は呟いた。
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