by 柊 呉葉 さん

 何が起きているのか、どうすれば終わるのか。
 一向に状況を打開できない焦燥感が、絶望となってその場を支配しようとしていた、まさにその時。

 ──我と我が血と我が名において──

 高みから降りそそぐ、涼しげな声があった。

 ──分かたれし天より地へ 波打つ刃の裁きを与えよ──

「ヴァルト?」
 シュリアストは、かすかに不愉快そうな顔で塔を見上げる。
 彼には、スチャラカな魔導師がただ魔法を使おうとしていることしか分からなかった。だが、魔道師たる他の二人は違った。
「詠唱系……」
「"波紋の刃"か」
 モリンと魔導長は、それだけですべてを了解したらしい。しかしシュリアストには何のことだか分からない。
「波紋……何?」
 作戦を指揮している者の一人として、これから何が起きるのかを知っておく必要があった。
 シュリアストの問い掛けに、ティグレインはよどみなく答える。
「詠唱系最上級魔法"波紋の刃"。あれを唱うるに足る魔力の持ち主は魔導師団にも他におるまい」
 おのれの知識を誇るでもなく、ましてや、それを唱えることができる魔導師団の一員たるヴァルトを誇るのでもなく。
「その威力の程は……」
 彼は淡々と事実のみを語る。いつもそうだ。この非常時においても変わることのない、ティグレインの振る舞い。
「フッ」
 珍しく、その表情がかすかに変化した。
「見れば判ろう」
 微笑んでいるのか。言葉で説明するのが馬鹿馬鹿しいとでも言うかのように、彼はそこで言葉を切った。
 それとまったく同時に──おそらくは魔導長もそれを判っていて説明をやめたのだろう──頭上の声が響き渡る。
「うぉら行ったれやー!!」
 何が、と思う暇も無かった。
 ヴァルトの両の掌から放たれた魔法は、練り上げられた魔力の塊として敵陣の一画へまっすぐに突っ込んでいき──
 弾けた。
 その凄まじさに、シュリアストだけでなくモリンまでが呆然と立ち尽くす。地上のあらゆるものをなぎ払い、あるいは切り裂きながら、魔力の波紋がどこまでも広がっていった。
「!」
「わっ」
 余波が弱まることなく外城壁に沿って垂直に走り、外城壁の上に立っていた彼らもまた、自らの目と肌とでその恐ろしさの一端を理解した。ティグレインの言う「最上級魔法」というものの威力を。そして、それを唱えた頭上の魔道師の力を。
「何だ今の」
「魔法?」
「すげぇ!」
 横で見ていた部下たちが、口々に驚きの声を上げる。そこには感嘆と、いくばくかの畏怖の響きが含まれているようだった。
 それは、魔導師団の一員であるモリンもまた同じだった。開いたままの口から、思わず、という風情で言葉がこぼれる。
「こっ……こんな魔法が……」
 シュリアストも、ヴァルトの魔法の威力に驚かなかったとはいわない。だが、彼の指揮官としての理性の一部は、冷静に戦局を見極めんとしていた。鋭い眼差しが、地上に累々と広がる倒れた死体の群れを見渡していく。


≫ 『みんなでそれぞれ描(書)いてみた!』 (2)へ戻る


▽ Random Box へ戻る ▽