"メリー・残業・クリスマス" 〜Their Own Fault〜 |
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2013クリスマス |
窓の外、雪が降り積む。十四階のブラインドカーテンの隙間を指でこじ開けてそれを見ていた黒髪の男が、後ろを振り返った。 「やー。世間はイヴですよ部長」 「それが何か」 声はすげない。めげるでもなく、ヴァルトは体を傾けて上司を覗き込む。 「残業してる場合じゃないですよ」 「自業自得であろう」 「えー」 口を尖らせてブーブーと文句を垂れながら、ヴァルトは自分の机に戻る。 ある者は恋人のため、ある者は家族のため、部下や同僚は早々に帰っている。誰とは言わないが二人揃って帰ったバカップル―――「バカは片方だけだからその言い方は微妙だ」とバカの弟は言った―――は、言うまでもなくヴァルトの茶々を浴びた。コウなどはケーキを予約し忘れたと蒼白だったから、恐らくはケーキ屋の長蛇の列に並び、さらに今頃は混み合う市電の列に震えながら並んでいることだろう。そして始終そわそわしていた某バカの弟も、社長令嬢の事があるだろうから帰らせた。 節電のため半分の蛍光灯が消えた部屋で、しばらくの間、二人がキーボードを叩く音だけが響く。 ティグレインが背筋を伸ばして一息ついた。おもむろに机の下から瓶を取り出す。無論、ヴァルトが目ざとく見咎めた。 「あら、仕事中にワイン?」 「世間はイヴだ。同罪になる気は無いか」 「ひょっとしてその同罪はアダムとイヴの方のイヴですか」 「となれば差し詰め貴殿がアダムか」 「服着てると見せかけて実は素っパ?」 「…さて、警備員の呼び出しボタンは」 「いやいやいや」 立ち上がって全速力で給湯室に逃げ込んだ、と思いきや、ヴァルトは湯呑みを二つ手にして戻ってくる。ティグレインはこれ見よがしに眉を顰めた。 「…貴殿。湯呑みとは」 「大丈夫、高級ワインは湯呑みで飲んでも美味しい☆」 茶目っ気たっぷりのウインク。引き下がる気は皆無らしい。ティグレインは渋い顔で顎に手を当てていたが、諦めてワインの瓶に手をかけた。フィルムを剥がし、ヴァルトからコルク抜きを受け取ってねじり込む。ポン、と心地よい音がして栓が抜けた。二つの湯呑みに注ぐ。自席から椅子を転がして来て隣に座ったヴァルトが、左右に揺れながらそれを眺める。 「メリー・クリスマス」 目の高さで湯呑みを合わせる。チン、と思いのほか澄んだ音がした。 ヴァルトは茶を飲むように両手を添えてワインをすする。決まらない事この上ない。ある意味これもまたこの国ならではの和洋折衷か、とぼんやり納得しながら、ティグレインも湯飲みに口をつける。 「あ、そうだ。じゃあオレから部長にプレゼント」 湯呑みを置くなり、ヴァルトは窓際に駆け寄って、ブラインドカーテンを引き上げる。 「じゃーん。百ドルぐらいの夜景ー」 「…一万飛んで四百三十円か」 今朝の為替相場を思い出しながら無意識に計算する。椅子を立ち、ティグレインは窓へと近づいた。 呼気にガラスが淡く曇る。闇の中、通りを挟んで、ライトアップされた向かいのビル。見下ろせば、眼下の木々に咲くイルミネーション。行きかう車のライト。毛糸帽子のように雪をかぶった街灯。 この日だから特別といった程のものではない、見慣れた冬だ。だが、いつものように騒がしい社内では、そうそう目にはしない風景だろう。 「どう? 今日の部下の仕事ごそっと引き受けちゃった部長、ちょっとは癒されました?」 「装飾語が余計だな」 「あ、ついでにオレの仕事も引き受けてくんない?」 「断る」 「えー。オレも今日引き受けすぎだと思わなーい?」 くねくねと身を揺らすヴァルト。一時期流行したフラワーロックを彷彿とさせる。フッ、とティグレインは笑った。 「自業自得であろう」 窓の外、雪が降り積む。 End.
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