"七夕キューピッド" 〜Comical Cupid〜 |
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2013七夕 |
ルームシェアをしている三人娘の部屋の居間。ソファの背に両腕を広げてもたれ、テレビを見ながらくつろいでいるのは、その三人の誰でもなかった。 「へーか、エアコンのリモコンはー?」 「リモコン? 電気のスイッチの横にかかってるよ」 「つけてー」 「甘えんじゃないわよ」 エリンが後ろからぺしりと頭をはたく。はたかれた頭を前に倒したまま数秒、ヴァルトは何のダメージもない様子で、今度は頭を後ろに倒して背後のエリンを見上げる。 「お客様にその態度は何ですか」 「客っていうか、呼んでないし! 大体なんであんたここにいるのよ」 「やー、シークに用事があったんですけど」 「なんでそれでうちに来るのかなっ!」 「シークなら出張で九州行ってるよ。はい、麦茶」 ディアーナが氷の入った麦茶のグラスをトレイからテーブルに置く。 「いつもなら日曜日は遊びに来るんだけどね、シーク」 「あらま。ていうかレリちゃんは?」 「最近残業多いみたい」 「残業てか休日出勤じゃないですか」 「ま、シークのいない寂しさとか不安とかを仕事で紛らわせてるって感じかなー」 エリンが腕を組んで一人うんうんとうなずく。ヴァルトは麦茶に手を伸ばし、一口含んだ。 「不安て?」 「わたしよりいい人と浮気するんじゃないかするんじゃないかって涙目で言ってたわよ」 「あー。『大迷惑』とゆー曲がありましてな」 聞いて、ディアーナが即座に可愛らしい声で口ずさむ。 「♪この悲しみをどうすりゃいいの 誰が僕を救ってくれるの♪」 「そのちょっと前、二番の」 「ええと…、♪ま〜くらが 変わっても〜 や〜っぱり するこた同じ〜♪」 「♪ボ〜インの 誘惑に〜 でき〜ごころ 三年二ヶ月の 過酷なひーとり旅♪」 「ちょっと、あんたねぇ!」 エリンが再度、先刻より強くヴァルトの頭をはたく。グラスに顔を突っ込んだヴァルトが、鼻で麦茶を飲む形になった。 「ぶふぉっ」 「余計不安にさせてどうすんのよ!」 「ティッシュ! ヴァルト、ティッシュ!」 ディアーナの手を借りてティッシュ箱を受け取り、二、三枚引き出すと、ヴァルトは片方の鼻を塞いで中の液体を噴出させる。その様子を見守りながら、ディアーナが無邪気に笑んだ。 「大丈夫だよ、シークの出張は三年二ヶ月もないから」 「そこじゃないでしょ!」 エリンが今度はディアーナの額をはたく。無論、込めた力はヴァルトをはたいた時の四分の一だ。 仕上げに両方の鼻をかむと、ヴァルトはティッシュを丸めて部屋の隅のゴミ箱に投げ入れた。 「まー、シークが悪いんじゃなくて男の下半身が悪いんですよ。宿命です」 「シークの下半身もシークの一部だよ?」 「そこは切り離して考えてあげてちょうだいな」 ディアーナがどの程度話をわかっているのかは別だ―――と考えているのはヴァルトもエリンも同じようだった。 その時、玄関の鍵が回る音がした。 「ただいま…」 長い髪をアップにした、スーツ姿のレリィが、片足を後ろに上げてパンプスを脱いでいる。ディアーナが駆け寄った。 「お帰り、レリィ。今麦茶入れるね」 「うん…。誰か来てるの?」 「新しいルームメイトを紹介するワ♪ アタシ、ヴァル子ちゃん。ヨロシクね」 「…ばか?」 「正解」 言いながら後ろでエリンがクラッカーを引く仕草をする。ソファから立ち上がったヴァルトは、腰を軽く叩きながらレリィの前に歩み寄った。 「シーク出張なんだって?」 「そう」 「会いに行かないの?」 「は?」 顔を上げたレリィが怪訝(けげん)な表情をする。 「明日月曜だし、今からの便なら空いてるっしょ」 ヴァルトは懐からカードを取り出して、レリィに投げ渡す。 「往復分ぐらいマイル貯まってるから」 手の中のカードに目をやり、レリィはもう一度ヴァルトを見やる。 「なんのつもり?」 「せっかく7月7日だし。織姫と彦星をつなぐ、愛のキューピッドとお呼びなさいな」 「キューピッドはそういう役じゃないでしょ」 「織姫と彦星はずっと前から結婚してるよ」 二人からのツッコミを華麗にスルーし、ヴァルトは目を細めて笑む。 「行ってきなさいな」 レリィの瞳が戸惑い揺れる。やがて踵(きびす)を返すと、脱いだばかりのパンプスを履き、ドアを開けて滑り出た。高い靴音が遠ざかっていく。ゆっくりと閉まったドアを満足そうに眺め、ヴァルトは振り返る。 「はい、一件落着」 が、エリンにとってはそうではなかった。 「あのさ。本人名義じゃないと、カード使えなくない?」 「あ」 クーラーを点けていないに関わらず、涼しい風が吹き抜ける。1秒。2秒。3秒。 「ヴァルト! 追いかけて!」 「つか、マイル譲渡とかもムリだっけ?」 「無理かも!」 「じゃあお金おろさないと!」 「銀行…閉まってる! ATM! ATM…も閉まってる?」 「コンビニなら大丈夫!」 「おおっとこれはうっかり散財!」 珍しく晴れた七夕の夜空に、慌ただしい声が消えて行った。 End.
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