Radwair Chronicle
"宵闇の魔導師"
〜the Dark Wizard〜
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 爆音が止んだ。叩きつける雨音が、思い返したように聴覚を支配し始める。
 耳奥に未(いま)だ残る爆音の残響を追って、音のした方へ、した方へと、私は足を進める。
 人通りは皆無。土砂降りの雨のせいだけではない。街に住まう生き物全てが、息を潜めて畏縮している。賢明な事だ。"彼ら"の任務の邪魔立てをすれば、造作なく命を落とすだろう。例えそれが"彼ら"の本意ではないとしても。
 とすれば、翻(ひるがえ)って、私は賢明でない事になる。全くその通りだ。恐らく私は命を落としに行くのだ。
 急がねばならない。急がねば、彼らはまた別の土地へ行ってしまうだろう。全土を飛び回る彼らに今日見(まみ)えた事は奇跡に近い。だが足は私の決意を知ることなしに、私を無闇に引き止めたがる。そうした所で何の利にもならぬというのに、だ。
 休まぬ雨は、緩やかな登りの石畳に澄んだ流れを作っている。水煙に霞む広場に、数十の人影が集っていた。皆、一様に肩布を纏(まと)っている。余す所なく水を吸ったそれは今や色の判別もつきそうにはないが、大陸に住まう者なら誰もがその本来の色を知っているだろう。
 赤。時に炎のように閃(ひらめ)き、時に血のように舞う、真紅の肩布。
 大陸魔導師団。かつて大陸を支配したデュライエムなる帝国の遺産。異界の亜人や精霊、はたまた魔物の侵略から、大陸を守るために組織されたという。かの国の滅びた後は、龍の血の女王が冠を抱く国ラドウェアが引継いだ。もっとも、ラドウェアの初代魔導長ルニアスが結んだ七界の条約のゆえ、異界からの侵略が潰(つい)えた代わり、魔法そのものも大きく衰えたというが。
 それでも未だなお"狭間(はざま)"を超えて時折現れる亜人らに、未だなお人間を遥かに超える力を以(も)ってして対処するのが、彼らだ。
 ひとつの戦いを終えたらしく緊張を解いて囁(ささや)き合う彼らの中心に、一際目を引く男がいた。ただ一人、夜の闇が形を成したような漆黒の衣装。そこからはみ出した右腕は魁偉(かいい)な鎧に包まれ、長く伸ばされた髪は、全てを支配する灰色の中にくっきりと白と黒の二色の筋を描いている。
 "宵闇の魔導師"。畏怖を仰ぐその特異な色と突出した魔力の両方ゆえ、"黒耀(こくよう)のルニアス"の再来と呼ばれる男。この四十年以上、変わる事なく魔導師団を率いる男。私が知っているのはそこまでだ。
 恐らく、あの男が私の救いになるのだろう。よろめく下肢を気力で操(く)りながら、ようやく私は男の前に辿り着いた。湿った空気にひとつ息をつき、問う。
「魔導師団の、団長か」
 返事は無い。黒目がちの大きな目が私に一瞥をくれ、そして興味なしといった風に逸(そ)らされた。そのまま男は立ち並ぶ団員らに向き直り、雨にも良く通る声を張り上げる。
「解散だ、自由にしろ!」
 私の方に注がれる団員の目を気にした様子もなく、男は腕を振って彼らを散らす。
 話を聞く気はないらしい。だが、引き下がるつもりはなかった。一度止めた足を動かすには膨大な精力を必要としたが、無理に地面から引き剥がして、一歩、二歩、男の正面に回り込む。渾身の力の残滓(ざんし)は、敵意にも似た迫力を私の両の目に与えていた。
「魔導師団。大陸を回って、亜人を殺していると聞いた」
 あくまでも聞き流していると見えた男が、億劫げに、そしてどこかしら傲慢に、顎を上げる。
「そうだが?」
「ならば、問う」
 ようやく希望の尾をつかんだ私は、間髪容れず問うた。
「私を、殺すか?」
 
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