Radwair Chronicle
"宵闇の魔導師"
〜the Dark Wizard〜
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 闇色の片目が、無表情に私を見下ろしている。
 私は少年だった。少なくとも、その外見は。そして、あまりにみすぼらしい格好をしていた事もまた事実だ。それを値踏みしているならば、私にとって些事(さじ)でしかない。
 いつ終わるとも知れぬ雨音を縫って、魔導長たる男は言った。
「微弱な気配は感じていたが、お前がそれか」
 そのひとつきりの右目が、侮蔑に細められる。
「なぜ私が殺さねばならん?」
 つまらぬ話に付き合わされたと舌打ちせんばかりの態度だった。さらに顎を上げ、男は続ける。
「人を殺した事はあるのか?」
 声がそう言ったのは間違いない。だが、何を訊かれたのか。耳を疑う事が出来ぬ以上、私は自分の頭を疑うより他になかった。
「人を殺した事はあるのか、と訊いている」
 あるはずもない。何が男にそのような問いを発せしめたのか。あるいは、問いの求める“正解”は―――あるとすればだが―――何だというのか。首を振るのが精一杯だった。
 『それ見たことか』―――この男、一つ一つの表情の何と雄弁なことか。
「見たところ大した魔力もない。お前を殺してやらねばならん理由がどこにある?」
 吹きすさぶ風が、地上に音と水の波紋を呼んだ。魔法。そんな言葉が頭をよぎる。
 不意に、水の波打って流れる石畳の上に、男は無造作に座り込んだ。水をたっぷりと含んだ黒い肩布は広がることなく蟠(わだかま)る。むしろくつろいだ様子で足を広げ、男は挑戦的に私を見上げた。
「それが、お前の復讐か?」
 表情が雄弁である代わり、その口は必ずしも雄弁ではない。男の意を汲み取れぬ私との間に、奇妙な時間が流れる。
 この男に話し掛けた事の失敗を、私は悟り始めていた。
 これまで自分が理解力に乏しいと思った事などなかった。まして、空腹を超えて飢餓の域にある私の神経は、今や隅々まで研ぎ澄まされている。そのはずがどうだ。男の前に横たわる虚空に、言葉も思考力も何もかも吸い込まれているようだった。
「私に殺される事が、お前を捨てた者に対する復讐か、と言っている」
 多少補われた物言いに、私は男の言葉を理解するが、それはやはり男自身にしか埋められぬであろう空白を抱いたままだ。さらに私の思考を乱す台詞が、男の薄く笑った口から滑り出た。
「お前の生きている年を当ててやろうか、四半混血(クォーター)
 
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