Radwair Chronicle
"宵闇の魔導師"
〜the Dark Wizard〜
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 濡れそぼったマントを翻(ひるがえ)して男は立ち上がる。
「まずは宿主に会ってもらわねばな! ―――レイベン!」
 激しくなるばかりの雨をゆるやかに斬るように片手を掲げる。
 闇が翼を広げた。男の肩布の内から解き放たれたそれは、瞬く間に広場を覆い尽くす巨鳥へと変じる。
 宵闇の魔導師。その名の一端を担うのが、この闇色の黒鳥なのだろう。翼に弾かれた飛沫(しぶき)が激しく降りかかる。突然の事に、未だ残っていた魔導師らが奇声を上げる。それすら楽しげに笑い飛ばし、男は巨鳥に手を差し伸べる。従順に下げられた頭をひと撫ですると、軽やかにその首にまたがった。
 まさかこれが先刻言った"宿主"と言うわけではあるまい。あるまいが、あり得ないとも言い切れぬ破天荒さがこの男にはあった。
 乱麻のごとく顔を覆い乱れる髪を除けもせず、男は豪雨の中で高らかに笑った。どこかしらこの世にあるまじき狂気をその姿に感じながらも、私は目を離すことができなかった。
 人外のものは人を魅了するという。ならば、私は魅了されたのだろう。
 ひとしきり笑い、それが止むと、男は私に手を差し出した。
「お前を人間にしてやろう」
 思わぬ言葉、ではなかった。この男ならこう言うだろう、私はそれをどこかで知っていた。
「師をつけてやる。おおよそ魔導師にも見えぬ偏屈男だが、魔道具や魔動人形を扱わせれば一流だ。師事するがいい。……そうだな、まずは名前を聞かせてもらおうか!」
 自らは名乗りもせずに男は言うのだ。名乗る必要はないと言うわけか。魔導長シェード、大陸に轟くその名はあまりに有名だ。
 今日見(まみ)えた事は、確かに奇跡だった。
 私は、たとえそれが無意識下であったにせよ、初めて、人の差し伸べる手を自ら取った。久しぶりに―――十数年ぶりに、私の唇から笑みがこぼれた。とうに忘れたものと思っていたが、どうやら私はまだそこそこの人間性を保っていたらしい。
 雨風に煽(あお)られながら、しかし確かな声で、私は長らく呼ばれることのなかった我が名を名乗った。私は変わる。そんな予感に身を委(ゆだ)ねながら。
 二人を乗せた黒鳥は、豪雨をものともせずに力強く羽ばたいた。

End.


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