Radwair Chronicle
"冷たい風の中で"
〜in the Chill Wind〜
  次へ >>
 日がかげると、途端に風が身にしみる。そんな季節になってきた。短い袖を引っ張って体温を保とうとするが、それもむなしい抵抗だ。うす寒い風に吹き付けられて鳥肌が立つ。体を動かすのを少しでも止めるとこうだ。おちおち休息も取れはしない。
 母が病弱だったことを思うと、体の丈夫さは父親似なのだろう。この点にだけは感謝したい。この木枯らしに、ぼろ同然の半袖姿という試練に耐えられるのは、自分くらいのものだろう。
 休息を早々に切り上げて訓練に戻ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「コウ! いい所でヒマしてるな!」
 手招きしているのは金髪の男だ。軽薄そうに見えてこの男、ラドウェアにその人ありと知られる、近衛長ローウェル・ブレードだ。
 怠慢を見咎められたと思ったコウは、何とも神妙に苦笑した。この気取らない近衛長の小言は、短い代わりにしばしば愛情と名のつくげんこつがつくのを、彼はこの一年でよく学んでいる。
 が、ローウェルが呼び止めたのは小言のためではなかった。
「これ、グラシル殿に届けてくれんか。文官棟わかるか?」
「あ、はい」
「そこの二階の一番奥の部屋だ。すぐわかる。すまんな。俺、猫の手を箱一杯借りたいほど忙しくてな」
 すまなさそうに片手で拝みながら、もう片手で書類の束を渡す。
「頼むぞ。二階の奥の部屋な。…寒くないかお前」
 ローウェルは羽織っていた上着を手早く脱ぎ、コウに投げ渡す。
「貸してやるから着てけ。いくら何でもその格好で文官棟はまずいだろ。明日まで貸しとくからな。頼むぞ。あー寒っ」
 一気にまくし立て終わると、体をさすりながら走っていく。
 コウは書類に目を落としたが、冷たい風にあおられて、読むどころではなかった。書類も彼自身もだ。ローウェルのぬくもりの残る服と書類とを小脇に抱え、一目散に城へ駆け込んだ。
 
  次へ >>
▽ Chronicleインデックスへ戻る ▽