Radwair Chronicle "冷たい風の中で"
〜in the Chill Wind〜
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 体が重かった。疲れのためではない。あれから一度も剣を振ってなどいない。
 剣の柄に両手を置き、前髪をなびかせる風の冷たさも忘れて、コウはただ物思いに沈んでいた。時おり、眉間にぐっとしわが寄る。
 『なぜ』。
 ひとつの解答は、グラシル自らが明らかにした。『今のお前に近衛の心構えはあるのか』と。
 認めがたかった。認めたくなかった。認めればそれは敗北のような気がした。
 そしてまた、いまひとつの『なぜ』も、コウにとって消化しがたいものだった。
 なぜ、グラシルが近衛の資格を口にするのか。
 これが仮にローウェルに言われたものであれば納得も行く。しかし、文官であるグラシルに言われて、受け入れられるはずもない。
 父に会うために、近衛になるのだ。
 父を見返すために近衛になるのだ。
 それが駄目だと言われれば、何のために剣を取ったのか。
 だから、認めない。今、この剣を手放すわけには行かない。
「コウ! お使いご苦労!」
 はっとして、寄せていた眉根を解き、姿勢を正す。ローウェルだ。畳んで置いてあった上着を、コウは一礼と共に差し出す。
「ありがとうございました」
「ああ、いい、いい、そんなかしこまるな。ほれ、グラシル殿からお礼の品だ」
 上着を受け取った逆の手で、またしても無造作にローウェルは布の包みを投げ渡す。
「んじゃ、また頼むわ」
 手を上げて小走りで立ち去る近衛長をやや茫然と見送り、コウは、手の中の包みに注意を戻した。紐を解いて、広げる。
 服だった。黒い上下のそろいの、真新しい長袖とズボン。コウは目を見張る。
 ―――俺に?
 ―――グラシル様が、俺に?
 『なぜ』がまたひとつ降ってわいた。書類を届けただけだ。昨日が初対面だ。まして近衛失格と言われた。それが、なぜ。
 返そう。ローウェルの後を追おうと足を踏み出しかけたが、それきり、彼自身どうしていいかわからなかった。
 長らくためらって、服に袖を通す。そこでまたしばらくためらったが、意を決して頭からかぶる。
 体より一回り大きく、だぶついてはいるが、首元まで覆う服は暖かい。温もりを確かめるように、コウは首元を指でたどる。
 問いの答えを得られぬまま、少年は風の中に立ち尽くしていた。

End.


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