Radwair Chronicle
"薔薇一輪"
〜the Rose in Battlefield〜
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 慣れない馬で坂道を歩くこと四日。近衛長コウとその部下三十名は、大城砦エアヴァシーの門の前に到着していた。
 開門の合図に従って、落とし格子が上がる。門をくぐり抜けると、壮年の男が両腕を広げて出迎えた。エアヴァシー守備隊隊長、バルデットだ。
「コウ! よく来てくれた」
「お久しぶりです、バルデット殿」
 馬を下り、ラドウェア式の礼をする。そんな堅苦しい真似はなしだ、とバルテッドはコウの背を叩いた。
「ローウェルの息子は今日は来んのかね?」
「ああ、シャンクですか。彼はちょっとリガートの方に…」
「何だ、一緒ではなかったのか」
「来るまでは一緒だったんですが、リガートにどうしても用があると言うので」
「なるほど、女だな」
 バルデットは呵呵大笑した。聞く者に心地よい響きを残す笑いだ。釣られてコウも笑みをもらす。
 それでも、作戦室に案内され、机をはさんでバルデットと向かい合った時には、コウの顔は別人のように引き締まっていた。
「今回の作戦ですが―――」

−  ◇  ◆  ◇  −

 エアヴァシーの城下町とも言える街、リガート。昼間から夜まで、東西からの貿易商と非番のエアヴァシー守備兵とで、賑わいの途切れることのない街だ。
 それでも、夜明けの刻にはひっそりと静まり返る。
 寝台の上、腕枕に頭を預けていた女が、そっと男に寄り添った。
「ねえ、シャンク。何かお話して」
「お話ですか。戦の話などつまらないでしょう?」
「いいえ、聴きたいわ」
 女が目を輝かせる。男は目を細めて笑った。
「では端的に。ここはもうじき戦場になります。逃げた方がいい」
「ここが?」
「ベルカトールが戦支度を始めています。どこを攻めるにせよ、エアヴァシーが黙っていられるはずがない」
 男は腕枕をそっと解いて起き上がり、服を身につけ始めた。ズボンに足を通しながら、その横顔は至って真剣だ。
「エアヴァシーは難攻不落、ですがリガートはそうではない。一方、援軍を期待されるリタは、バンシアンとにらみ合いを続けている。そうとなれば、リガートの西に兵を置いて街への侵入を阻む他に陣の敷きようがありません」
 ふと思い出したように、女の方へ視線をやる。
「あなたの故郷はベルカトールでしたね」
「ええ」
「お帰りになった方がいい」
「あなたと離れるのはつらいわ」
 女は緩慢に上体を起こし、長い髪をかき上げる。上着を羽織った男が、彼女を正面から覗き込んで微笑した。両手をついた寝台が、ぎしりと音を立てる。

「あなたは私に似ているんですよ、ローゼ」
「どういう意味?」
「さあ」
「はぐらかさないで」
「そのうちわかります」
 あくまでも笑みを保ったまま、男は女の元を後にした。

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