Radwair Chronicle
"薔薇一輪"
〜the Rose in Battlefield〜
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 遠くからでさえそれとわかる敗走を見せるベルカトール軍を、女は蒼白な顔で見つめていた。
「どうです?」
 声に心臓をつかまれたように振り向く。ベルカトールの鎧を着込んだ男が、薄く笑いながらそこに立っていた。
「私の演技もなかなかのものでしょう、レイラ・メイシェルスレーン」
 女の目が見開かれる。
「知って…」
「いましたよ。当然でしょう。あなたがヴェルードに懸想している事もね」
 男は目を細めた。その目が、その唇が、かみそりのように鋭い。
「愛する者のためになら、自分がいくら汚れても構わない。そう、あなたは本当にボクに似ている……反吐(へど)が出るほどにね」
 腰から剣を抜き、茫然とする女の咽に突きつけ、男は微笑んだ。
「さようなら、ローゼ」
 剣先が、女の咽を貫いた。

−  ◇  ◆  ◇  −

 エアヴァシーの城に戻って兜を脱ぎ、コウは開放感のなせる溜息をついた。夏の明け方の空気が心地よい。
 昨日と同じように、バルデットが出迎える。
「大勝だな。よくやってくれた」
「ありがとうございます」
 馬を降りて一礼したコウの表情は、晴れ晴れしいものではなかった。
 シャンクをベルカトール兵に潜り込ませて、敵の動きを知らせると共に、狂言を弄してたった三十騎のラドウェア近衛をリタ白騎士団と誤認させる。今回の作戦の要は、全てシャンク自らが買って出たものだ。
「賭けでしたね」
「なに、外に出る戦はいつでも賭けよ。有能な懐刀を持ったな、コウよ」
「……全くです」
 うなずきながらも、その顔の曇りはいっそう増した。
「時々、自分が恐ろしくなりますね」
「ふむ?」
「勝てると思えばどんな手段でも使ってしまう自分が。ローウェルの息子を預かっているはずが、彼を手駒のように使ってしまっている」
「だが自らそう志願したのであろう?」
「止めるべきだったんじゃないかと、思いますね」
「―――コウさん!」
 雲ひとつなく晴れたこの空そのもののような、明るい声が城門から飛び込んで来た。
「作戦、成功しましたね」
「ああ、そうだな。シャンクのおかげだよ」
「ほめても何も出ませんよ」
「出さなきゃならないのはこっちだよ」
「いいですよ。コウさんのためなら何だってします」
「悪い冗談はよしてくれ。お前を戦場に出すたびにひやひやするんだから」
 コウは苦笑した。
 シャンク、この時十七歳。城門から差し込む朝日に、金の髪がまばゆく輝いた。

End.


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