Radwair Chronicle
"やがて陽の差す方へ"
〜after the "Eclipse"〜
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「報酬だ」
 語尾にかぶって、硬貨の詰まった袋がどちゃりと音を立てた。
「見事な戦いぶりだった。クライズ閣下も大層お喜びだ」
 滅多にあるまじき発言に、屋内にいた輩は耳ざとく反応を変えた。無節操な雑談は視線と化して一気に向きをそろえる。
 視線の焦点に立つ男はデリオーズ。ベルカトールの傭兵隊長だ。たとえその名は知らずとも、『ベルカトールの片目の男』と言えば、付近の国にはまず通じる。彼に怯えるのは周辺国ばかりではない、同都内の貴族も首をすくめるはずだ。
 焦点のもう一方は、小型の机をはさんで座る大柄の青年だ。不遜とも取れる態度で唇を結んだまま、その顔には報酬への喜びも不満も浮かばない。
「どうだ。このままここに残って閣下のために働くなら、今すぐこの倍を出そう」
 デリオーズの隻眼がここぞと光を放ち、ゆっくりと二つ目の袋を置いた。雑談の減った屋内で、袋は先よりもう一回り大きな音を立てる。倍といったところで、それでようやく正規の報酬だろう。だが、名も経歴も知れたものでない流れ者に、大陸人の傭兵と同じ報酬が支払われる事自体、そうそうある話ではない。
 青い髪は大陸の色ではない。シルドアラ人だ、と青年は自ら言った。伝え聞くシルドアラは内戦の絶えぬ国だ。どうしてそれが一人この大陸に渡ってきたものかはわからない。
 金をくれるなら戦う、と青年は自ら言った。その体が長い年月をかけて鍛え上げられたものである事は、一目でわかった。故に傭兵として迎え入れた。大陸語にはやや不自由するが、含む所があるようでもなし、戦力となれば十分だ。そして、彼は十分以上の戦力だった。十分過ぎたがゆえに、今、当主クライズ直々の命を受けて、デリオーズが勧誘に出ているのだ。
 二つの袋をいまだ無言で見下ろす青年に、わかりやすい言葉でもう一度言い直す必要をデリオーズが感じ始めた時、
「気前いいな」
 呟きよりは二回りほど大きな声を、青年が発した。得たり、とデリオーズはうなずく。
「当然だ。いずれ近いうちにエスターンやラドウェアと戦がある。その時におまえのような強い者がいれば心強い」
 デリオーズの発した単語のひとつに、青年が反応を示した。
「ラドウェア……聞いたことあるな」

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