Radwair Chronicle
"やがて陽の差す方へ"
〜after the "Eclipse"〜
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 デリオーズは片眉を上げた。この青年、大陸最大の都ベルカトールの名もあやふやだったというのに、全く正確な発音で『ラドウェア』と言った。
「エスターンで聞いたか」
「いや。シルドアラで」
「ほう、海の向こうにも伝え聞かれるとはな」
 言いながらひらめいたのは、バンシアンの騎馬の民に流布する『伝説』だ。
「おおかたこれだろう。龍の血の魔女の力で、魅了の呪いをかけられた狂戦士どもの国、と」
「ちがうな。いつまでも若い女王の、ずっと春の国とかなんとかだ」
 デリオーズの顔に、嘲笑と苦笑の間にあたる笑いが浮かんだ。
「なるほど。平和ボケした田舎城を表すには良い言い様やもしれん。他の二城はともかくだがな」
 聞き取れぬのを承知での早口だ。不審顔の青年に、デリオーズは表情を和らげる。
「どうだ、先の話だが。ここでクライズ閣下のために戦う気はないか。お前の腕を買っているのだよ」
 しばし、間があった。
「金で?」
「他のものがいいか? 金が一番確実だと思うがね」
 そもそもこの青年、金のために戦うと言った。異論があろうはずがない。
 大陸中央の貿易都市ベルカトール、よっぽどのものでなければ何でもそろう。女であれ薬であれ、金さえ出せばすぐさま最上のものが出る。酒もまたいいだろう。この青年の飲みっぷりは、デリオーズから見ても実に小気味が良い。
 ここに傭兵が集い、そしてそのまま流れずにいるのは、戦いの多さもさることながら、金で手に入るものがありすぎるからだ。引退していく老兵がそう漏らすたびに、デリオーズはただ意味ありげな薄笑いを浮かべる。
 だが青年の望みは、どうやらデリオーズの知るすべもない『よっぽどのもの』であると見えた。なぜなら、その口から出たのは
「いや。いい」
 否定だった。

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