"闇からの帰還"

即興小説トレーニング:15分
お題:「どこかの体」

 まるで自分の体ではないような気がしていた。
 巫女にとって、霊界に潜ることは水に潜るに似ているという。普通の人間であれば発狂するという真の闇。初めて杖を持ち、霊界の奥に足を踏み入れたレリィは、喉奥に微かな息苦しさを覚えていた。
 見つけられるだろうか。患者の手を握ったはずの左手から、細い細い光の糸が伸びている。これを追って行けば持ち主の魂にたどり着くというが。
 糸を辿りながら、そろそろと降りていく。霊界表層に魔物は少ない。
 間もなく、患者の魂を見つけ出した。拾い上げると、魂は明滅を繰り返し、ゆっくりと上昇し始める。
 消えていく魂を見送り、はた、とレリィは我に返った。
 ここからどう戻ればいいのだろう。
 同時に不安が押し寄せた。このまま、この闇の中、永遠に戻れなかったら。自分の体だけを地上に置いてけぼりに、眠らせたままで。
 鼓動がうるさい。ごくり、と喉が鳴る。
 レリィは魂が消えていった方向に向かって泳ぎ出した。闇に後ろ髪を引かれている気がする。振り向いてはならない。止まってはいけない。
 わたしの体は。戻らないと。わたしの体に戻らないと。
 無我夢中で脚を動かせば動かすほど、息苦しさは募る。それでも必死に闇をかく。このまま死んでしまうかもしれない。そう思った瞬間、目が覚めた。
 光が飛び込んできた。もとの部屋だ。自分の身を、手で確かめる。
「わたしの…体…」
 ほっ、とレリィは溜息をついた。

End.

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