タイムトライアルSS:30分(+少々)
お題:「お金」

「ない…」
「ない?」
 店主は大げさに眉を寄せた。その視線を受けて、コウはズボンのポケットのほか、財布の入る場所などありもしない胸元や脇腹を手で叩いてさぐる。
 足元からは、栗色の髪をした幼い少女が、首をかしげて見上げてくる。その片頬を膨らませている飴の代金は、まだ、支払われていない。
「あんた、金もないのに店に入っといて、子供から目を離されちゃ困るよ」
「あー…、ちょっとすみません」
 訴えをさえぎってコウは店主に背を向け、しゃがんで少女に目線を合わせた。
「あのな、ディアーナ。お店でほしい物を見つけた時は、それをもらう前にお金を払わないといけないんだよ」
「うん」
「ディアーナはお金を持ってないだろう?」
「コウはもってないの?」
 思わぬ核心を突かれて、コウは絶句する。が、気を取り直した。
「ちょっと待って、それは置いといて。ディアーナは、飴が食べたかったんだろう?」
「うん」
「そうしたら、飴を食べるより先に、お金を払わないといけないんだ」
「どうして?」
「お店の人は、お金をもらって生活してるからだよ」
 きょとんとするディアーナ。
「おみせのひとも、あめをたべたらいいのに」
「あのな。飴だけじゃ生きて行けないんだよ…」
 脱力のおかげで説得というよりも独語になる。再度、コウは気を取り直した。
「ディアーナは、飴を食べると嬉しいだろう? お店の人には、そのお礼をしなくちゃならない。それがお金なんだ」
「ふーん…」
 ディアーナは頬の内側でころころと飴を転がしている。納得したのかしていないのか測りかねるコウの前で、少女は突然スカートをめくり上げた。
「ディ…、」
 慌てて止めにかかるコウの前で、ディアーナはめくり上げたスカートの裏地に縫い付けられた何かを指す。
「とって?」
 コウはきょろきょろとあたりを見回してから、そっと手を伸ばしてそれを確認する。ボタンで口を留められた、ほんの小さな、四角い布袋だ。中に平べったい丸いものが入っている。ボタンを外して転がり出たのは、一枚の金貨だった。
 長い逡巡の後、ようやく立ち上がってコウは振り返り、帳場にそれを置いた。
「えーと…すいません、これで…」
「え、ラドウェア金貨じゃないか」
「すいません、今これしかないもんで…」
「むう…。じゃあ、釣り銭は銀貨99枚と銅貨98枚になるが、…袋用意するかい?」
「…はい…」
 銀貨と銅貨の詰まった重い皮袋を受け取る。袋代が飴代を上回っているだろうことに申し訳なさを感じながら、コウは何とも複雑な表情の店主と互いに一礼し合う。ディアーナの方に向き直ると、幼子は満面の笑みを返した。
「よかったねぇ〜」
「…ああ、うん、よかった。よかったよかった」
 二度目の脱力を感じながら、ディアーナの手を引いて店を後にする。背後で店主の「まいどあり!」の声が響いた。

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