タイムトライアルSS:30分
お題:「氷」「脱出」「滑空」

 涼しくしろとは言った。正確には、涼しくできるものならやってみろ、と言った。だが。
「これは…反則じゃないですか…?」
 隣のシャンクが、円形に区切られた空を見上げて呟きを落とす。ともに見上げる気力もなく、シュリアストは氷壁に手をついて深い深い溜息を漏らした。
 平均的な身長の三倍はあろう高さと、大人が五抱えは要するであろう太さの氷柱が、中庭に唐突に現れたのだ。おまけに中に二人閉じ込められたと来た。訓練中の近衛たちはそろって唖然としている。
 言わずもがな、この"親切"の贈り手はヴァルトだ。少なくとも頭は完全に冷えた。血の気を失った、が正しい。
「どう登る…」
「短剣とかで行けます? 壁に刺して、足場にして、とか…」
「…やるしかないだろう」
 シャンクが四本、シュリアストが一本。両手両足を置くには足りる数だ。逆手に持ち、勢いをつけて氷を二度三度と削り、一本を突き立てる。片足を乗せ、二本目。既に汗だくだ。氷に触れている面は冷たいが、その冷たさは容赦ない。それでも三本、四本、突き立てては足を置いて登っていく。
「ヴィルさんとかに頼めませんかね」
 シャンクがそう言った時には、片手が氷壁の上端に届いた頃だった。
「それが、できれば、苦労は、しな…」
 言葉の途中で、目を疑った。青い空を横切る白。何の偶然だろう、風の半精霊が滑るように頭上を飛んでいた。
「ヴィル!」
 呼び止める。ヴィルオリスはふわりと止まって振り返り、宙を渡って寄ってくる。
「ヴィル、手を貸せ!」
「ヴィ〜ル!」
 聞き覚えのありすぎる声が、逆側の頭上から降ってきた。
「ちょっとシュリっち中に落としてあげてー」
「まッ…!!」
 制止は一瞬遅かった。ヴィルオリスは至極素直に、シュリアストの肩を押した。

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