Radwair Cycle
-NARRATIVE-
"三人の魔導師"
〜a Confrontation〜

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 また仲間を斬った。また一人。また一人。その度に、無表情の仮面は硬度を増していく。
 血しずくを振り払い、剣を構える。その後ろから声がかかった。
「あのっ、す、すみません、シュリアスト様」
 魔導師団の制服に包まれた、小柄の体躯。モリンだった。凶悪な視線に射抜かれておどおどする様は、まるでついて行く親鳥を不意に失(な)くした雛(ひな)のようだ。
「あの、ティ、ティグレイン様とヴァルト様は…」
「モリン! 何してる、こんな所で! 死にたいのか!?」
 無表情の仮面が砕け、苛立ちが暴発した。しどろもどろのモリンをかばうように、紅の外套(マント)がふわりとなびく。
「荒れているな」
 転位魔法でも使ったかのように、どこからともなく現れた魔導長ティグレインの姿がそこにあった。
「癇癪(かんしゃく)か? それとも、限界か?」
「ま―――」
 恐らくは、限界ゆえの癇癪だった。
「魔導長! 魔導師団は何してる!」
「案ずるな」
 ティグレインはあくまでも冷静だ。いっそ憎らしいほどだが、その口から出た言葉にはシュリアストの苛立ちをかき消す力があった。
「単独で魔導師団に匹敵する男が、既に動いている」
「単独で、魔導師団に…?」
 シュリアストが鸚鵡(おうむ)返しに訊き返す。答えず、ティグレインは背後にそびえ立つ守りの塔を見上げた。
 それは、既に始まっていた。
「 地より 天へ 我は 希(こいねが)う 」
 塔の一端を中心として渦巻く光と魔力風の中、黒い影がひとつ。
「 我と 我が血と 我が名において 分かたれし 天より 地へ 」
「あれは……」
「良く見て置く事だ、モリン。詠唱系最上級魔法、二度と目にする機会は有るまい」
 厳かにティグレインは告げた。詠唱系最上級魔法《波紋の刃》。それを唱えるに足る魔力の持ち主は今、一人をおいてラドウェアにはない。
 ヴァルト・レイザ、《漆黒の魔導師》。噴き上げる魔力風に外套(マント)をたなびかせながら、薄く開いた目は光を吸いつくす闇。
「 波打つ 刃の 裁きを 与えよ 」
 詠唱を終えると同時に、にっ、とその唇が笑った。
「おーら出てこいやヴェスターーール!!」
 ヴァルトが手を振り下ろした先、天空からまばゆい光が急降下した。地面にぶつかろうというところで、一瞬で円形に広がる。轟音が耳をつんざいた。ただの光ではない。二重三重の円となり、それが刃のように地上の兵士たちを切り裂いていく。
 現実とは到底思えない光景だった。長大な半径を描く光の一方の端は森の木々をなぎ倒し、もう一方の端は城壁に当たって弾けて消える。
 すべてが終わった時、守りの塔から北門前にかけてひしめいていた不死の兵士たちは見事一掃されていた。城の兵士たちの歓声が上がる。
「こ、こんな魔法が……」
 青ざめたモリンが思わず呟いた。光の円の範囲内にいた兵士はほぼ全て、胴体を真っ二つにされて倒れている。
 だが。
 一人、立っていた。魔導衣(ローブ)に外套(マント)姿の魔導師風の壮年の男が、ぎろりと塔を―――ヴァルトを睨み上げる。
「あぶり出し、成功」
 ヴァルトは満足げに唇をぺろりとなめる。一方、魔導長ティグレインは、呆然とその魔導師の姿を見つめていた。
 ―――まさか
 ごくり、と自身の喉が鳴る音を、ティグレインは聞いた。
 ―――ありえぬ、そのような事……!
「よー、ヴェスタル。お・ひ・さ」
 塔の上からの挑発とも取れるヴァルトの大仰な仕草に、ただ一人地上に立つその男は、眉間にしわを寄せ、唸るような声を上げた。
「初撃から《波紋の刃》とはな。やはりうぬか、ヴァルトよ。遅かれ早かれ現れるとは思っていたが」
「あら、カンいいわねヴェスたーん」
 にんまり、としか表現のしようのない笑みでヴァルトは応じる。
 一方、ティグレインは違った。驚愕から、怒りへ。いずれも、普段ならば決して見せることのない表情だ。
「ヴェスタル!!」
 張壁に上り、ティグレインは叫びざまに詠唱を始める。
我はケイェシェンター 《炉》の支配者なり!
 ヴェスタルと呼ばれた男は、ティグレインを向いて目を細めた。眉間のしわが深くなる。
「ティグレインか!」
我が声 我が名に 目覚め応じよ 汝が名は焦炎!
 大きく開いたティグレインの両腕の上を、紅蓮の炎が美しく舞い上がる。
「愚か者め、忘れたか! ぬしにそれを教えたはわしぞ!」
 ティグレインを指差し、ヴェスタルもまた詠唱する。
我はケイェシェンター 《炉》の支配者なり。我が声 我が名に 目覚め応じよ 汝が名は焦炎
 ティグレインの周囲を巡る炎と同じものが、ヴェスタルの手の上で踊る。モリンは息をのみ、魔導長の姿を見上げた。ティグレインに怯(ひる)んだ様子はない。だがそれは果たして自信によるものなのか、はたまた詠唱を途中で止めることが許されぬがゆえなのか、見抜くすべはモリンにはなかった。
 ティグレインの指が振り下ろされる。
我が指の示す先を 焼き尽くせ!
我が名を騙( かた)る者に 罰を与えよ!
 同時に、ヴェスタルの節くれ立った指がティグレインを指した。
 ヴェスタルを目標として放たれた炎の塊が、中空で向きを変えた。そのまま一直線にティグレインに襲いかかる。
「!」
 ティグレインはとっさに張壁を飛びずさって避けた。が、炎は意思を持つもののようにそれを追った。炎に巻かれ、ティグレインは通路に叩きつけられる。次の瞬間、爆音と共にその場に火柱が噴き上がった。
 ひらめき降り注ぐ火の粉と、吹きつける熱風の中、モリンは頭の芯だけが凍るように冷たくなるのを感じた。声は出なかった。天にまで届くかと思われる火柱を、ただ茫然と眺める。
 その向こう、何かが別の光を放った。守りの塔の塔頂だ。
「準備完了(レディ)
 赤の紋、緑の紋、青の紋。ヴァルトの三重紋複合魔法が完成していた。
 描紋系魔法。それはヴァルトの最も得意とする魔法だ。正確な描画が必要不可欠、それができなければしばしば暴発を起こす。だが威力の割に消費する魔力は少なく、構成に手を加えることも可能だ。かつてヴァルトはこのラドウェアで、結界を併用した二重紋複合爆縮で精霊獣を葬り去った。
 そして、三重紋である。相手が魔導師といえども消し飛ぶだろう。ヴァルトは唇の端を吊り上げ、おもむろに魔法を発動させた。
「悪いね、ヴェスタル。オレの勝ち」
 轟音と閃光が、あたりの全てを支配した。

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