Radwair
Cycle -NARRATIVE- |
"資格" 〜Brothers ( I )〜 |
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床に仰向けに引き倒されたシュリアストの上に、何者かが馬乗りになった。リグスだ。両手がシュリアストの首を絞め上げる。鎧の首当てが壊されるほどの力は、さすがにない。だが、親指はきつくシュリアストの顎に食い込んでいる。 不意に、開かれたままのリグスの目から、しずくが落ちてシュリアストの頬にはじけた。 『死にたくねぇよ……』 「―――」 シュリアストは、ゆっくりと、目を閉ざした。 「許せ」 ドッ、と音を立てて剣がリグスの胴を貫いた。リグスの動きが一瞬止まる。両手で剣を押し込みながら、シュリアストはそれを支えに素早く体を起こした。リグスの胴を蹴って剣を抜き取る。 急な起立に頭がくらむより先に、力を振り絞るように剣を横に薙(な)ぐ。重い手応え。噴き上がる血の向こうで、首が落ちて転がる音がした。 まだ動こうとする部位を、シュリアストは髪を振り乱しながら、刺し、斬り続ける。血にまみれた塊となった死者が最後の抵抗をやめると、部屋にはようやく静寂が訪れた。 血濡れの剣を右手に、シュリアストは死体を見下ろす。息が荒い。全身から汗が噴き出している。 その肩に、何者かの大きな手が乗せられた。 「代われ。おれがやる」 シュリアストはとっさに振りほどく。兄、シークェインがそこにいた。シュリアストの口から怒鳴り声が出る。 「うるさい! 引っ込め!」 「おまえがひっこめ。そんなざまで、なにができる」 血の染みた包帯を拾い上げる。 「こんなところに死にかけ集めてどうするんだ。危ないだけだろ」 「黙れッ!」 その返事に、シークェインは腰の剣を抜き、切っ先をシュリアストの顔に突きつけた。半瞬遅れて、シュリアストがそれを払う。 「動きが悪い。死ぬぞ」 「…………」 「まあ飲め。水だ」 シークェインは腰に下げていた皮袋を投げ渡した。シュリアストは無言で受け取り、剣を収めて栓を外すと、皮袋を押しながら、顎を上げてむさぼるように飲む。口を離して息をついたのを見計らって、シークェインは干し肉を放り投げてやった。あわや顔にぶつかるかというところで、シュリアストがつかみ取る。 「食っとけ。食い終わったら明日の作戦教えてやる」 シュリアストはシークェインに不機嫌そうな視線を向けたが、口に出しては何も言わずに、干し肉にかじりついた。立ちこめる血の匂いの中で、口の中に残るのは塩辛さだけだろう。それでもシュリアストは、干し肉をかみ砕いて飲み込んだ。腹に何か入れておかなければならないこと、体から失われた塩分を取り戻さなければならないことを、彼は知っている。 「明日はコウが出る。おまえは副近衛長だ。もう寝ろ」 「…………」 何か言おうとして、シュリアストは止まった。 「…副近衛長?」 「コウが決めた。おまえの別動隊があの魔導師をぶっ倒す役だ」 シュリアストは戸惑ったように目線をさまよわせ、眉間にしわを寄せた。 「俺が…?」 「だから今日はさっさと寝ろ。あとはやっとく」 肉塊とでも言うべき死体の群を見回し、シークェインは手近な屍(しかばね)に手を伸ばした。シュリアストが遮る。 「よせ。俺がやる」 「やってる場合か」 「俺には……やる義務がある」 「ないだろ、そんなもの」 「あんたに何が解る!」 シュリアストが吐き出す。シークェインは動きを止め、弟に向き直った。 「わからんから、おれがやるって言ってるんだ。寝ろ」 「解らないなら手を出すなッ!」 「なら、おれをたたっ斬って止めてみろ。その体でできるんならな」 シュリアストは言葉に詰まった。 「…何でそうなる」 「今のおまえには、おれをどうこうする力はないってことだ。寝ろ」 シュリアストは徐々に目線を落とした。リグス、バート、グレイヤー、その他の死者たち。血の海にあって傷一つないそれぞれの死に顔に浮かぶのは、恨みか無念か。 助けてやるつもりだった。リグスも、バートも、それ以前に運ばれてきた者たちも。だが結局、ここを生きて出る者はいなかった。となれば、自分のしてきたことは何だったのか。 「…お笑いぐさだな」 「ん?」 「俺が副近衛長だと…? どこにそんな資格がある」 無表情の仮面の下に再びすべてをしまい込んだ弟に、シークェインは言った。 「おまえならやれるってコウが言った。それに、」 少し考えてから、 「おまえがディアーナを守ろうって気持ちは一級品だ。そういうことだろ」 シュリアストの鎧の胸を軽く叩く。 「今おまえのやることは、明日のために、…まああれだ、寝ろ」 「……。そうする」 もう少し抵抗を見せるかと思っていたが、シュリアストはシークェインが予想していたよりもあっさりと同意した。重い足取りで、出口への螺旋階段を上っていく。 「…めんどくさいやつだな」 そう呟いたシークェインの唇は、かすかに笑っていた。 |
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