Radwair
Cycle -NARRATIVE- |
"果たされなかった約束を" 〜Promise ( II )〜 |
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名を呼ばれた気がして、眠りの底から浮き上がる。気のせいだろう、とまた眠りに落ちようとすると、 「コウさん」 再度呼ばれた。 「…うん?」 朝日のまぶしさに目を細めながら声の方を向くと、窓枠に腰掛けたシャンクがいた。逆光に白く縁取られた金髪をまばゆくきらめかせ、いたずらっ子のように笑っている。 「暑いからって開けっ放しは無用心ですよ」 「二階から入ってくるのはお前ぐらいだよ…」 隣で寝ている子供たちを起こさないよう寝台を抜け出し、下へ、と手で指示する。心得てシャンクは窓から消えた。コウが着替えながら階段を降り、扉の鍵を開けると、後ろで手を組んだシャンクが待っていた。 「それで、どうしたんだ」 湯を沸かしながらコウが問う。 「まさか今日の出撃に入れさせてくれなんて言う気じゃないだろうな」 「駄目ですか?」 「駄目だよ。怪我人を連れて行く余裕はない」 シャンクは卓台(テーブル)の縁に浅く腰掛ける。 「意地悪だなぁ、コウさんは」 「意地悪で言ってるんじゃないよ」 まったくもう、と呟いて二人分の杯を取り出す。 「今だって相当無理しただろう」 「何がですか?」 「外から二階に上がった事」 「大丈夫ですよ、もう二日も経ってるんですから」 「ごまかせんよ。あの矢傷は二日やそこらで治るもんじゃない」 シャンクはしばらく黙っていたが、やがて降参といったふうに両の手を上げた。コウは戸棚から袋を取り出し、二つの杯に粉末を振り入れて湯を注ぐ。 「何ですかそれ?」 「薬湯だよ。アリエンが飲んでるんだが、健康を保つのにもいいそうだ」 匙(さじ)でよく混ぜ、コウはシャンクに杯を差し出す。受け取って、シャンクは一口含んだ。―――苦い。渋い顔で飲み下す。 「苦いだろう。まあちょっと慣れがいるかな」 「先に言ってくださいよ…」 二口目は遠慮したいところだ。シャンクは薬湯を吹いて冷ますふりで時間稼ぎを試みることにした。しかしそれをふと止めて、杯に目を落としたまま呼びかける。 「コウさん」 「ん?」 「約束してくれます?」 「何を?」 シャンクは唇を噛んだ。しばし、時が流れる。 「父さんはね、一度も約束してくれなかったんですよ。『ちゃんと帰ってきてね』って言っても、『約束できない』って」 約束を断り続けたまま、七四九年ベルカトールとの戦いで、前近衛長ローウェル・ブレードは命を落とした。あの時のシャンクの取り乱しようを、コウは今でも鮮明に覚えている。なだめようとしたコウを振り払い、いつまでも死体にすがりついて号泣し続けた。コウが初めて見たシャンクの涙は、ひどく痛々しかった。 「わかった。約束するよ」 しっかりとシャンクを見すえて、コウは言った。優しさと力強さを兼ね備えた宣言だった。 「コウさん…」 シャンクは何かを言おうとしたが、同時に二階からの足音を聞き取った。慌てて杯を置く。 「じゃあまた!」 小声で別れを告げ、窓をひらりと飛び越える。 「おい、無茶をするなって…」 「コウ」 振り向くと、階段を降り切ったアリエンが扉に立って腕を組んでいた。 「またシャンクでしょう」 「う…、いや、まあ、そうなんだが…」 「まったく、あの子ときたら。今度会ったらまた叱ってやらなくては」 「ははは…。お手柔らかに頼むよ」 つい今しがたの別れ際の、目を輝かせた嬉しそうなシャンクの顔を思い出しながら、コウは笑みをこぼした。 |
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