Radwair
Cycle -NARRATIVE- |
"遠い過去、近い将来" 〜Questions and Answers ( II ) |
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巫女の預言書の再封印を終えて、ティグレインはヴァルトに向き直る。カツ、と踵の厚い靴が鳴った。 「一つ問う」 「あら、今日は質問の多い日だコト」 「貴殿、シルドアラでヴェスタルと共に在ったそうだな」 ヴァルトの感想をさらりと無視して、ティグレインは問いを進めた。 「未だに解らぬ。ヴェスタルが如何にして先代女王の胎盤を手に入れたのか。如何にして女王に会うことなく近づき、如何にしてラドウェアから逃げ仰せたのか」 ティグレインの知る限り、ヴェスタルは転位魔法も習得していなければ、人を乗せて運べる使い魔も持ってはいない。浮遊の魔法や魔導具で海を渡るには、シルドアラは遠すぎる。 「女王の胎盤が盗まれた時、シェードが魔導師団の権限で大陸のあらゆる港を封鎖した。シルドアラに渡る等、到底不可能だ」 ふむ、とヴァルトは首をかしげた。漆黒の瞳はしばし宙を眺める。長い沈黙にティグレインがしびれを切らす直前、ヴァルトは足を組み替え椅子に座り直した。 「常に何かを引き替えにして、シェードは望むモノを得てきた。大抵は自分の体を引き換えに。たとえば左目、たとえば右腕」 その昔ティグレインが《宵闇の魔導師》シェードに初めて遭遇した時、シェードの左目は既に失われていた。それを贄(にえ)に霊界の魔物と契約し、強大なる力を得たという。そして、魁偉(かいい)な鎧、としか表現のしようのない右腕。自らの意で自在に動く魔導具だ。 「そう、あの右腕。そんじょそこらの魔導具師が作れるモンじゃない。―――誰が作った?」 ティグレインにとって、その問いは意外以外の何物でもない。 「ヴェスタルが作った物だ。知らなかった訳では無かろう」 ヴァルトはうなずく。 「そう。ヴェスタルがシェードのために作った。じゃあ、その条件は?」 「条件?」 嫌な予感を覚えつつ、ティグレインは問い返す。底知れぬ笑みが、ヴァルトの口元を飾る。 「シェードは、何を、引き替えにした?」 ティグレインの顔色が変わった。 「まさか…、」 「そう。龍の血の女王の、胎盤」 「馬鹿な!」 ティグレインは愕然とした。先代女王ユハリーエの胎盤をシェードが手に入れ、それをヴェスタルに引き渡した。ヴァルトはそう言っているのだ。 「シェードが…魔導長たる者がその様な事を!」 「魔導長だったら、ね。シェードとヴェスタルの契約が、もっとずっと前のものだとしたら?」 それが事実なのか、ヴァルトの憶測にすぎないのか、ティグレインには判らない。だが、それ以外の可能性を考えることができない事実に、ティグレインはさらに動揺せずにはいられなかった。 「馬鹿な…そんな事が…」 額に手を当てる。そこにはつい先日まで、魔導長の印たる額飾りがあった。 ―――そうだ、私もだ。 額に当てた手を握り締める。 ―――私とて、アリエンを逃がす為に魔導長たりえぬ行いをしたでは無いか。 無論、そのことに迷いはあった。当のアリエンに指摘された通り、彼女たちを逃がそうとする行為は私欲だ。ヴァルトの「アリエンの方頼むわ」という発言に背を押された、と言えばそれは言い訳でしかない。 だが、後悔はない。たとえルータスに、シュリアストに、ディアーナに責められようとも、否、たとえラドウェアの民全てに責められようとも、その矢面に立ち続ける覚悟がある。 シェードにも、その覚悟があったのだろうか。何のために右腕を犠牲にし、何のためにそれを取り戻さんとしたのか。何を守らんとしてその選択をしたのか。今となっては知るすべもない。 ティグレインはかすかに首を左右に振った。ひとつ深呼吸をして、遠くに馳せていた思いを今現在に引き戻す。まだ問うべきことがあった。 「今一つ問う。何ゆえ私か」 《七星の王》の事だ。ティグレインの魔力が必ずしも多くはないことは、当然ヴァルトも知っているはずだ。 漆黒の魔導師は人差し指を立てる。 「その前にひとつ約束いい?」 「…如何なる約束か」 約束という言葉がヴァルトの辞書にあったことに違和感を覚えると同時に、自分がヴァルトの約束の対象として挙げられたことに幾分驚きながらも、ティグレインはその得体の知れぬ約束を拒絶はしなかった。得たり、とヴァルトは立てた指を唇に当てる。 「《七星の王》、ヘタしたら魔力使い果たしてお互い死にますが」 それを聞いてもティグレインは、少なくとも表面上は、平静を失わなかった。 恐らくそうであろうとは感じていた。ヴァルトがいかに強大な魔導師とはいえ、龍王に接触するのだ、何らかの犠牲が出るのは当然と思われた。まして魔力の少ない自分だ、ふとした拍子に容易に魂をさらわれるだろう。 だがヴァルトの台詞には続きがあった。 「生き残るって、約束」 先刻ディアーナに向けたものと同じ笑みを、ヴァルトは浮かべた。ティグレインは言葉を失い、思わずまじまじとその笑顔を見つめる。 ヴァルトが他人の生命に執着するとは思っていなかった。ましてその対象が自分であるとは。ティグレインの気付かぬそういった面が昔からあったのか、それとも。 ようやく、ティグレインはフッと笑った。 「前向きに検討する価値があるな」 「約束する?」 「…しよう」 守れる自信などあるはずがない。だがあえて、ティグレインはそう返答をすることで、生き残る決意を固めることにした。 満足げに目を細めるヴァルトに、再度問う。 「して、先刻の問いの答えは?」 「何でティグかって? そりゃもう、」 椅子から立ち上がって、ヴァルトは一度くるりと魔導長に背を向けると、肩ごしに振り返る。 「約束破らないから」 狐につままれたような顔のティグレインを残して、ヴァルトは鼻歌まじりに部屋を出て行った。 |
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