Radwair Cycle
-NARRATIVE-
"ただひとつの命令"
〜a Single Command〜

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 魔動人形が城壁を打つ音が、遠くの山々に反響している。
 城の前の広場、初代女王シャリュアーネの像を背にして、あたかも彼女を守るかのように、魔導師団が横一列に展開していた。眼前には、《崩落の響宴》により倒壊した家々の屋根が、波のように連なっている。
 結界の展開には全員の魔力が必要だ。より正確には、魔導師団の全員が参加した結界の限界を基準に、ヴァルトは《七星の王》を組み直している。
 副魔導長であるカッシュもまた、魔力の少ない身にも関わらず駆り出された。魔導長ティグレイン、およびヴァルトは、無論《七星の王》の詠唱に携わる。結果、全体を見渡し、結界の魔力発動の命令を下す者として、魔導師ならぬモリンが抜擢された。
 シャリュアーネ像の前で、緊張を隠せない―――それ以前に恐らく隠すという発想もない―――モリンを、ちらりとカッシュは見やる。
「ほんとにアイツで大丈夫なのか?」
 その隣、前任の副魔導長であったセージロッドが答える。
「問題ない。自ら事を成せと言われれば戸惑うが、予(あらかじ)め指示されていれば確実にこなす。…副魔導長たる者、その程度把握せぬでどうする」
「言ったなオッサン。後悔するぜ」
「カッシュ様もオッサンじゃないですか」
 逆側からヒュレンが茶々を入れ、笑いが巻き起こる。カッシュはヒュレンの頭を小突いてから、大きく腕を回した。
「よっし、オレが後でこのオッサンを殴り倒すところ見たいヤツは、しっかり生き残れよ!」
 このオッサン呼ばわりされたセージロッドは、苦笑いをしつつも感心する。この短時間でカッシュは周囲の緊張を解いた。後ろを見やれば、モリンもまた、ひきつっていた顔にわずかな綻(ほころ)びが見て取れる。
 一方、近衛を中心とした騎兵たちは、広場の西側に陣取っていた。
 近衛長シュリアストと別れ、馬を引いて列に加わったシークェインの隣、気配を感じさせることなくシャンクが並んだ。本丸(キープ)の正面に設置された壇に、腰に巻いた長い白布を左手で払いながら上がるシュリアストを、共に見やる。
「大丈夫ですか」
「あいつはおれの弟だ。うまくやる」
「シークさんの事ですよ」
 シークェインは答えなかった。シャンクが、頭一つ高いシークェインの顔を確認しようとしてか、ちらりと目線を投げる。
「全員整列! これより、作戦を開始する!」
 響き渡る声が、壇上に注意を引き戻した。右腕を肩から下げた近衛長シュリアストが、思いの外に音量のある声で注目を集める。
 そうだ。こいつは、やるときはやる。シークェインの分厚い唇に笑みが浮かぶ。
「まずは女王陛下より、お言葉を頂戴する!」
 シュリアストと入れ替わりで、ディアーナが壇上に立つ。シャリュアーネ像、およびその前に展開する魔導師団を、ついで整列した騎兵団を、眺めやる。あたかもその一人一人に目を配るかのように。
 《暁の女王》と呼ばれたシャリュアーネ。《薄暮の女王》と呼ばれたユハリーエ。深き夜を独り彷徨(さまよ)うと預言された、その娘ディアーナ。宿命すら覆(くつがえ)さんとするように、琥珀色(アンバー)の瞳が強く輝く。
「私、ここにいるから」
 決して大きくはないが、その声は風舞う空に響き渡った。
「みんな、お願い。ここに戻ってきて」
 それが、女王から彼らすべてに向けての『命令』。
 ディアーナは両腕を広げる。帰還する者たちを迎え入れ、一人一人を抱き締めるために。
「待ってるから、必ず生きてここに戻って。……待ってるから!」
 誰からともなく上げた呼応の声が、大音声となって城を揺るがす。城の中に避難していた城下の民が、何事かと競って小窓に詰めかけ、そのうちのある者は同調して拳を振り上げ、またある者は静かに祈りを呟く。
「これだけ盛り上がったからには、意地でも成功させなきゃならない流れ?」
 屋上の胸壁に肘を乗せたヴァルトが、どこか満足げに口角を上げた。同じ光景を見下ろしながら、ティグレインが応じる。
「意地の問題では無い」
「そうね。成功させるっきゃない、か」
 彼らの眼下では、再び壇上に姿を現したシュリアストが、腰の剣を逆手に持ち、勢いよく抜いた。くるりと返して柄を掴む。
「全員騎乗!」
 鋭い命令に、兵士たちは鎧の音を立てながら馬に跨る。シークェイン、シャンクもまた、馬の背に腰を落ち着けた。緊張を敏感に察したか、馬が首を軽く振る。
 近衛長シュリアストは、左手に持った剣を、天高く突き上げた。
「『剣を取れ、汝が愛する者らがために!』」
 鬨(とき)が、あたりを揺るがした。

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