Radwair Chronicle
"降って湧いた災難"
〜Suffer a Calamity〜
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 弱く魔光灯をつけ、準備は整った。魔導師の塔の地下実験室を午後一杯借り切っての作業になる。見守るのはアリエンただ一人。他はすべて追い出した。
 普段から温厚とはかけ離れた自分の顔が、ひどく鬼気迫る形相になっているのを感じる。口の中が乾いている。
 一分の狂いもなく描かれた魔法陣の上の要所要所に、魔力封入具が並べられている。ここから黒真珠へ魔力を込めるのだ。アリエンが行えば魔力封入具など必要ないかも知れないが、生憎(あいにく)私の魔力はそう多くはない。精々魔導師団の平均以下だろう。だが魔道具を利用することで、込める魔力を正確に定める利点がある。
 魔力封入具の数はこれで良いか。魔法陣に不備はないか。幾度となく模擬実験をしたが、それで正解がわかるはずもない。この私に運に任せよとは、天も何と腹立たしいことをする。だがすべての事始めは運なのだ。その運が私に味方するか否かは、そう、日頃の行いだろう。
 魔法陣の中央に、魔法布に包まれた一粒の黒真珠。私は陣の外の定位置につき、そっと目を閉じて、目の前に置かれた魔力封入具に触れ、発動のための魔力を込め始めた。青白い光が、私の指先から魔法陣を、そして魔力封入具をひとつひとつ伝い、中央の黒真珠に満たされていく。やがて、部屋全体が青白い光に満たされる。
 黒真珠が魔法布を透かすほどの光を放ち始めた時、異変が起こった。
 込められた魔力が強すぎたか、はたまた偏りがあったか、魔法陣に不備があったか。魔力封入具のひとつが音を立てて砕け散った。連鎖するように他の魔力封入具も次々に火花を上げる。
「、」
 アリエンが息を呑んだ。私は素早く立ち上がり、激しく飛び散る破片からマントでアリエンを守る。
 破片の協奏曲が終わった時には、地下室の光源は魔光灯のみになっていた。私は壊れた魔力封入具を踏み砕きながら魔法陣に踏み込み、両の手で魔法布をすくい上げる。それに包まれていたはずの黒真珠は、焦げた匂いのする崩れかけた黒い粉になり果てていた。
 アリエンの痛々しい視線を背に感じながら、私は動くことができずにいた。
 長い時が流れ、
「最初から」
 フッ、と私は唇を歪めた。
「判っていた事だ……」
 手にすることのかなわぬものを得て、一時の夢を、見たのだ。それだけだ。
 マントをひるがえし、私は皮肉に微笑んだ。

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