Radwair Chronicle |
"やがて陽の差す方へ" 〜after the "Eclipse"〜 |
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大陸語ではない。故郷の言葉だ。それは即ち、相手が同郷人であることを表す。だが、ベッドの中の人物には、届いていないと思われた。シークェインが袋を背負って立ち上がってもなお、微動だにせず背を向けている。
若い、のだろう。ゆるみのない体には、まだまだ完成しきらぬ感がある。だがその顔を見る限り、到底若いようには思えなかった。 深海を思わせる青い瞳の奥は、ひどくよどんでいた。右目の上で無造作に分けられただけの髪は、長らく手を入れた様子もない。濃くはないだけに貧相な無精ひげが、顔のやつれに拍車をかける。 何よりも、無表情であった。悲痛ではない。陰鬱でもない。だが一目見た者はそのどちらかを思い浮かべずにはいないだろう。表情を隠すがゆえの無表情ではなく、まるで表情を知らぬがゆえの無表情であった。
久しぶりに正面からまともに顔を見て、シークェインはいまいましげに息を吐く。自分の知る限りこいつは確かに弟だが、今のザマはどう見たってこいつの方が年を食ってる。 弟がベッドから這い出すと、腰に巻かれた長い白布が、引き止めるように脚にからまった。そのまま倒れるのではないかとシークェインは手を出しかけたが、動きが緩慢である以外には問題なく弟は床の荷物を取る。支度は無用だ。彼の荷物は部屋を取った時そのまま、解かれた気配もない。 兄を眼中に入れずにふらふらと出て行く彼を見送り、部屋に目を戻し、そしてまた振り向きざまにシークェインは怒鳴った。
『剣は要らない、もう持たない』。故郷からここに至るまで、ただ一度口走ったきりの弟の血迷い草は、いまだ深く根を張っているとみえた。
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