Radwair Chronicle
"やがて陽の差す方へ"
〜after the "Eclipse"〜
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 正面からの日差しに、目を細める。陽が大分傾いてきた。という事は、もうじき宿場があるのだろう。大河に沿って続く街道は、シルドアラでは考えられないほどしっかりと設計され、またよく整備されていた。
 ベルカトールを出て、半日ばかり歩いたことになる。行く先など知らない。海から来たから、陸を行く。道が続いているから、西へ行く。『ラドウェア』、そこを目指してみるのもいいだろう。死んだあいつの憧れてた土地だ。あるいは、気さえ向けば道をそれて森に入ってみるのもいいが、この時間に余計な荷物を連れたままでそうするつもりは、今のところない。
 ちらり、と振り向く。七歩後ろを、その余計な荷物が歩いている。どんな顔をしていても、歩く速度を変えないのだけは感心だ。さすが、ただの荷物ではない。自分の弟だけある。
 弟はしゃべらない。普段から多弁ではない。兄に対してはなおさらだった。その気になれば、口をきいた数を数え上げられるだろう。もっとも、兄は数え上げる気はなかった。おおむね思い出したい内容ではない。
 そして今も、弟はしゃべらない。その目はこの世を見ていない。戻りもしない過去だけを、飽きずに眺めているのだろう。
 馬鹿野郎が。口に出さんばかりにシークェインは胸中そう毒づいた。今のこいつは駄目だ。駄目になったのはまあしょうがない、だがいつまで駄目でいるつもりだ。
 やるせのない苛立ちは、戦いで発散してきたと言ってもいい。その結果、この何もしない弟を養うだけの金を得ている。 だが、金より先に愛想が尽きるのは明白だった。
 そろそろ放り出してもいい頃だ。そうすれば自分で歩く気にもなるだろう。飼い猫だって、飢えれば自ら鼠を狩る。ましてこいつは―――
 思考はさえぎられた。勘に危険が、肌に気配が、同時に触れた。
 薄暮の影に混じって、いつ現れたものか、行く手に三人の男が立っていた。中央の男がわずかに首を下げる。逆光で表情はうかがえない。
「シークェイン殿ですな」
「……。だったらなんだ」
 反射的にいつもの訂正がのどを出かかったが、相手の穏やかな口調の下にひそむものが、それを二の次にさせていた。

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