Radwair Chronicle
"やがて陽の差す方へ"
〜after the "Eclipse"〜
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 今。
 血の匂いが急速にあたりを満たした。倒れた男の血しぶきは、ようやく勢いを緩め始めたところだ。
 誰のものとも知れぬ鼓動が、一拍、二拍。
「う…わ……あ、あああああーーーー!!」
 恐慌を来たした1人が、転げんばかりにあわてふためきながら森へと逃げ込む。しかし残る3人は既に刺客の顔であり、刺客の動きだった。
 すかさず獲物を取り囲み、一斉に襲いかかる。だがそれよりわずかに速く、獲物は包囲網から飛び出した。
 網を破った獲物は、もはや獲物ではない。獰猛な獣だ。
「うおぉっ!」
 腹の底からの咆哮を上げながら、獣は手近の金髪の男に突進する。鋭い金属音。男がかろうじて受け止めた剣は、しかし、信じられぬ力で押し切られた。刃先が、男の右肩にざっくりと刺さる。
「ディル!」
 致命傷ではない。が、この場では致命的だった。剣を取り落としてひざをつく仲間の戦線離脱をやむなしとしたか、2人が並びを変えて前に出る。
 出たはいいが、彼らは攻めあぐねていた。標的の持つ剣は、ベルカトールで出回っているものよりニ回りは長い。それが伊達ではない以上、うかつに寄れば機を制するのは向こうだ。遠くから石弓でも打ち込むのが何よりの上策だが、5対1のはずだった戦いに準備するはずもない。
 暗黙のうちに作戦は決まった。1人が背後に回り込もうとする。青年の形をした猛獣は、背を見せぬよう向きを変えつつ数歩下がったが、そこで動きを止めた。その機を逃すはずもない。2人が左右から飛びかかる。

 シークェインは動かない。  動かない。   そして、 動いた。

 ぎん、と強烈な目線に捕らわれ、左の男が一瞬すくんだ。同時に、右の男の剣が弾き飛ぶ。何が起こったかと唖然とする男の胴に、剣先が鋭い弧を描いて叩き込まれた。金属の鎧に深く穴をあけ、血が湯のように吹き出す。
 剣で鎧を打ち抜くなど、人間の力ではありえない。ありえないはずの力が、そこにあった。ありえないといえば、5人を相手に剣を抜く人間からして、ありえなかったのだ。
 立ち尽くす最後の一人に向かって、青年が大きく一歩踏み込んだ。
 反射的に男が振り上げた剣は、何にも触れずに空を裂いた。受け止めるはずの相手の剣が、そこになかった。代わりに、にっ、と笑う顔が間近にあった。愕然とする男。間合いなど取れるはずもない、二歩も踏み込まれていたのだ。のど元を乱暴につかまれた。かと思うと、地面に頭を打ちつけていた。
 仰向けに昏倒した男を見下ろし、シークェインは誰にともなく言った。
「だからおまえの国はきらいだ、って上に言っとけ」
 上、の名前は忘れた。ささいな事だ。
 何事もなかったように、落とした荷物をかついだところで、シークェインの顔から笑みが消えた。
 
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