Radwair Chronicle |
"やがて陽の差す方へ" 〜after the "Eclipse"〜 |
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今。 血の匂いが急速にあたりを満たした。倒れた男の血しぶきは、ようやく勢いを緩め始めたところだ。 誰のものとも知れぬ鼓動が、一拍、二拍。
すかさず獲物を取り囲み、一斉に襲いかかる。だがそれよりわずかに速く、獲物は包囲網から飛び出した。 網を破った獲物は、もはや獲物ではない。獰猛な獣だ。
出たはいいが、彼らは攻めあぐねていた。標的の持つ剣は、ベルカトールで出回っているものよりニ回りは長い。それが伊達ではない以上、うかつに寄れば機を制するのは向こうだ。遠くから石弓でも打ち込むのが何よりの上策だが、5対1のはずだった戦いに準備するはずもない。 暗黙のうちに作戦は決まった。1人が背後に回り込もうとする。青年の形をした猛獣は、背を見せぬよう向きを変えつつ数歩下がったが、そこで動きを止めた。その機を逃すはずもない。2人が左右から飛びかかる。 シークェインは動かない。 動かない。 そして、 動いた。 ぎん、と強烈な目線に捕らわれ、左の男が一瞬すくんだ。同時に、右の男の剣が弾き飛ぶ。何が起こったかと唖然とする男の胴に、剣先が鋭い弧を描いて叩き込まれた。金属の鎧に深く穴をあけ、血が湯のように吹き出す。 剣で鎧を打ち抜くなど、人間の力ではありえない。ありえないはずの力が、そこにあった。ありえないといえば、5人を相手に剣を抜く人間からして、ありえなかったのだ。 立ち尽くす最後の一人に向かって、青年が大きく一歩踏み込んだ。 反射的に男が振り上げた剣は、何にも触れずに空を裂いた。受け止めるはずの相手の剣が、そこになかった。代わりに、にっ、と笑う顔が間近にあった。愕然とする男。間合いなど取れるはずもない、二歩も踏み込まれていたのだ。のど元を乱暴につかまれた。かと思うと、地面に頭を打ちつけていた。 仰向けに昏倒した男を見下ろし、シークェインは誰にともなく言った。
何事もなかったように、落とした荷物をかついだところで、シークェインの顔から笑みが消えた。 |
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