いつの間に回りこんだか。一人の男が、弟の首を後ろから腕で固めていた。逆の手は顔に短剣を突きつけている。
新手かと身を引き締めたが、よく見れば先刻の、三食昼寝つきの男だ。いささか場違いな認識だが、シークェインには他に表現がない。
何のことはない、真っ先に逃げ出した男がそれだったというわけだ。さらによく見れば、ベルカトールの酒場でしきりに話しかけてきた顔だ。名前は忘れた。ささいな事だ。
重要なのは、たった今、その三食昼寝つきの男が、弟を人質に取っている、ということだ。
「お連れさんをどうにかされたくなかったら、言う事聞いてもらおうか」 |
シークェインは他人事のように納得した。『生きて捕らえれば報酬は倍』という命令を上に与えられていたとすれば、人質を取るのは至極まっとうな手段だ。
動く余裕を与えず一気に詰め寄り叩くという案が頭をかすめたが、一足飛びとはいかない距離がある。後ろでは、思わぬ形勢逆転を得た男たちが、おのおのの剣を探っている。
シークェインは構えを解いて剣を下ろし、片手を腰に当てる。溜息にはあきれが、そして、
い い 加 減 に し ろ よ | 「 」 | |
言葉にはまたしても怒気が含まれていた。
お ま え 、 い つ ま で お れ の 足 手 ま と い に な る つ も り だ | 「 、 」 | |
剣を突きつけられてもまだ無表情だった弟の顔が、こわばった。やがてその瞳に、長らくぶりに光が灯る。快活な輝きではない。暗い敵意だ。薄い唇が、初めて、動いた。
殺 せ ば い い だ ろ う | 「 」 | |
故郷を出て数ヶ月ぶりに、弟が浮かべた表情らしい表情は、残虐とさえ呼ぶにふさわしい笑みだった。
シークェインは無言のまま、血しずくに濡れた剣を振り上げる。
「ま、待て! こいつがどうなっても…」
「しらん」 |
狼狽する男に、無造作に剣を投げつけた。
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