Radwair Chronicle
"わずらいの兆(きざ)し"
〜the Beginning of the Loop〜
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 その気になれば、梢(こずえ)をすり抜け葉を鳴らす風のひとつひとつを、純白の半精霊は手に取るように感じ取ることができる。そして、その気になった今、森は彼のものだ。
 ゆらり、と白い影は揺らいだ。風をかき乱す闇を苦もなく見つけ、追跡を開始する。足跡は残さない。彼もまた一陣の風。彼が通り過ぎた後の草木は、心地よさげに身をゆする。
 風を乱す存在が、不意に動きを止めたのを感じた。閉じていた目を、ヴィルオリスはゆっくりと開く。
 “それ”がいた。小川を背にしてこちらを見ている。だらりと垂れた足の先は、わずかに地面から浮いている。
 黒茶の髪、長身、白い服。一見何の変哲もない青年、の姿をしている。だがその内を支配しているのは魔物だ。それを知るすべもないヴィルオリスだが、並の人間であれば魂を射すくめられるであろう強烈な眼光を正面から浴びせられて、疑問に似た表情で瞬きをした。
 魔物の目が、喜びとも敵意ともつかぬふうに細められる。
「風のヴィルオリス」
「、」
「お前の力を確かめに来た」
 胃の腑の底を這うような声が、青年の唇から滑り出る。その口が、耳元まで裂けんばかりに笑みを形作った。
 ヴィルオリスは再度瞬きする。
「お前は、誰だ」
「さあな」
 クックッと耳に残る笑いを漏らす青年。
「巫女にまとわりつく貴様は目障りだ。消してやろう。いずれ私がこの手でな」
 最初の一言に、ヴィルオリスは過敏に反応した。川辺の枯れ葉が風と共に舞い上がる。
「レリィに何をする」
「クックック、さあな。…おっと、私に手を出そうと思うなよ。体の持ち主を殺したいなら別だがな」
「殺さぬ。レリィの願いだ」
 風の勢いが増した。大きな弧を描く。枯れ葉についで土くれが、小石が、宙に舞い飛ぶ。
 二人を包む巨大な竜巻ができあがるまで、数秒とかからなかった。

−  ◇  ◆  ◇  −

 さすがのシュリアストも、木々の向こうに突如轟音を伴って現れた竜巻を見上げた時には絶句した。レリィは言わずもがなである。
「…あれか」
「なんてことするのよ…」
 幸いというべきか、呆けている時間は短かった。天高く舞い上げられた土砂が、重なり合う葉の隙間から降りかかってくる。腕でかばいながら、シュリアストは竜巻の方へ馬首を向けた。咄嗟にレリィが声を上げる。
「ちょっと、本気?!」
「ここにいてどうする」
「だって…」
 行ってどうしろというのか。
 抗議したところで、シュリアストが耳を傾けるつもりがないのは明白だった。彼はレリィの返事を待たずに、馬の横腹を蹴っていた。

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