Radwair Chronicle |
"わずらいの兆(きざ)し" 〜the Beginning of the Loop〜 |
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「ほう」 内側から竜巻を見上げて、青年は感心めいた、それでいて他人事のような、低い声を漏らした。 「それから、どうする?」 ヴィルオリスは無言で足を踏み出した。彼が青年との間を詰めるにつれて、竜巻はゆるゆると直径を狭める。 「なるほど」 またしても、青年は凶悪に笑う。 「だが、黙って捕まるつもりはないぞ」 腰の剣を抜く。軽く振って、物足りないとでも言うように不興げな顔をしたが、すぐに元の笑いに戻った。 ヴィルオリスが無造作に伸ばした手を、身を沈めてかわし、つかみ取る。そのまま身を翻して背後を取る。振り上げられた右腕が、ぶれを残して消える。次の瞬間、ヴィルオリスの腕のつけ根に後ろから深々と剣が突き立っていた。 血がしぶき、白衣を内側から染める。ヴィルオリスは驚いた、ようだった。振りほどこうとするが、青年は恐るべき力でつかんだまま、離さない。 「無防備だったな。さもあらん。知っているぞ、この程度ではお前は死なん。だが、」 青年がヴィルオリスの腕を強く引く。 「こうすれば、どうだ?」 剣を抜き、もう一度突き刺す。血が飛び散る。二度。骨が砕ける音。三度。筋のちぎれる音。ヴィルオリスの口から、初めて苦悶のうめきが漏れた。 空いた左手で青年の腕を押さえようとするが、青年の力はヴィルオリスを凌駕した。意に介すことなく、ヴィルオリスの腕を破壊し続ける。髪から爪先まで純白だった半精霊は、今や体の半ばまで深紅に染まっていた。 ついに、鈍い音と共に腕が引きちぎられた。片腕の重さを失って、ヴィルオリスはよろめく。その前で、青年は、見せびらかすようにゆっくりと、傷口生々しい腕を荒れ狂う竜巻に投げ込んだ。 「…!」 腕は一瞬の猶予もなく視界から消えた。 ヴィルオリスは痛みを忘れ、次いで、理性を忘れた。 竜巻がゆがみ、ひしゃげる。轟音が一枚の巨大な刃と化して、青年に襲いかかる。 ―――ヴィル! 風の刃の間を縫って、声が聞こえた。聞き違える事のない、女の声だ。彼の意識は、かろうじて理性の尾をつかんだ。 青年を真っ二つに切り裂く寸前で、刃は四散した。余波にあおられた青年の体が、川向こうの木に叩きつけられる。 「ヴィル!!」 今度ははっきりと、レリィの声が届いた。舞い落ちる枯葉を払いながら、彼女が駆け寄ってくる。 その足が止まった。 「ヴィル…」 「腕が、」 残された左腕で、ヴィルオリスは血まみれの肩口を押さえる。 「私の腕が…消えた。レリィ、どうすればいい」 「ちょっ、ちょっと待って、ちょっと…」 当のヴィルオリスよりはるかに恐慌の体(てい)で、レリィは両手を振る。その後ろへ、青年を馬の背に乗せたシュリアストが駆けつけた。 「意識がない。治療を…」 「待って、待って、待って、ヴィルが!」 レリィが目を戻した時、ヴィルオリスの前の空間がゆがんだ。 「はいはいはーい、お探しの物はこちら? それともこちら?」 黒衣の魔導師が現われる。ヴァルトだ。左手には柄の長い華奢な装飾の杖、右手には、白い袖に包まれた血濡れの腕が握られている。レリィはいっそう血の気を失った。 「なっ、なッ、」 「すーぐくっつくから安心しなさい。丈夫にできてっから」 レリィに向かって杖を放り投げる。レリィは危ういところで受け留めた。巫女の杖だ。 ヴィルオリスを引き寄せ、ヴァルトは指笛を吹き鳴らした。空がかげる。太陽をさえぎったのは、黒い翼だ。それはすぐに大きな羽音と風を伴って、地上に舞い降りる。剣を抜くシュリアストを、レリィが制した。 「大丈夫、ティグのだから」 人一人を余裕で乗せる大きさの烏(からす)だ。ヴァルトは指先で魔法紋を描き、重力を消して、ヴィルオリスとその腕もろとも大烏の背に飛び移る。 「んじゃ、また」 ヴィルオリスの腕でもって陽気に手を振り、ヴァルトは大烏を飛び立たせた。 |
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