Radwair Chronicle |
"囚われの魂" 〜Two Choices〜 |
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巫女には“月休み”というものがある。 ひと月に数日、治療を受け付けず霊界にも降りない。なぜなら、“不浄の血”を身の内に抱いて霊界に入ればそれはたやすく嗅ぎつかれ、より多い数の、より強力な魔物らを引きつけることになる。 もっとも、元より“不浄の身”であるレリィには関係ないことだった。ゆえに彼女は常に数多くの強力な魔物らと戦ってきた。それらを撃退するだけの力が、稀代の巫女レリィにはあった。彼女が巫女となってからは、月休みというものは忘れ去られつつあった。 しかし、コウはあえて表向きには月休みを持ち出して、一週間ほどレリィを休めることにした。 コウの家は城下にある。とはいえ、城内に部屋を持つコウが家に帰るのは週に二度ほどだ。妻であるアリエンが主にレリィの様子を見守ることになる。 「でもコウ、」 「大丈夫だよ。君なら大丈夫だ」 「コウ……。あの方は危うくて……」 アリエンは不安げに眉を寄せ、瞳を左右させた。 「私ではかける言葉が……かえって傷つけてしまいそうで……」 コウは腕を組み、口に片手を当てて考える。そして腕を解いた。 「いや、何も言わなくていい。子供たちと遊ばせてやってくれ」 「……わかりました」 「戻る前に少し様子を見ていくよ」 そう言い残して、コウは二階の部屋に向かった。 「レリィ」 ノックをしたが、返事はない。少し待って、扉を開けた。 「失礼するよ」 案の定、レリィは扉に背を向けてベッドに横たわっていた。 「そのままでいいから、聞いてくれるかな」 やはり返事はない。だが拒否もない。コウはゆっくりと口を開いた。 「辛い事があるのは、誰でも皆同じだよ」 ―――みんな同じ ―――それなら ―――つらいからって甘えているのはわたしだけ…… 「俺だって、忙しかったり辛い事があった時にはおかしくなる事がある」 ―――わたしは ―――わたしはおかしいんだ ―――もう二度と治らないんだ 「そんな時は、子供たちやアリエンに助けてもらってる」 ―――わたしにはだれもいない ―――こんなわたしを助ける人なんているはずがない 「何も助けてもらおうと思ってそうしてるわけじゃないんだ。……難しい事じゃないよ」 ―――わたしは助からない ―――助けてもらおうなんて思えない ―――もうだめなんだ ―――だめなんだ…… 「くっ……」 レリィは身を固くした。その薄く開いた両目から、静かに涙が流れ落ちた。 「少し調子がよくなったら、子供たちと遊んでやってくれないか」 ―――やめてよ ―――もうやめて ―――楽になりたい ―――死にたい…… 乾く暇も与えず涙が次々に流れ落ちる。 コウはしばらくその場に留まっていたが、言うべきことは言ったと判断して、静かに部屋を出て扉を閉めた。きしむ階段を降りると、まだ先刻と同じ顔のアリエンがいた。 「今日はゆっくり休めた方がいいかもしれないな」 「ええ……」 「じゃあ俺は城に戻るよ」 「ええ、お気をつけて」 つい『ご武運を』と言いたくなるのは魔導師時代の名残だろうか。アリエンはコウに見られぬ程度に苦笑し、背伸びをしてその頬に軽く口づけた。 |
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