Radwair Chronicle
"囚われの魂"
〜Two Choices〜
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 巫女には“月休み”というものがある。
 ひと月に数日、治療を受け付けず霊界にも降りない。なぜなら、“不浄の血”を身の内に抱いて霊界に入ればそれはたやすく嗅ぎつかれ、より多い数の、より強力な魔物らを引きつけることになる。
 もっとも、元より“不浄の身”であるレリィには関係ないことだった。ゆえに彼女は常に数多くの強力な魔物らと戦ってきた。それらを撃退するだけの力が、稀代の巫女レリィにはあった。彼女が巫女となってからは、月休みというものは忘れ去られつつあった。
 しかし、コウはあえて表向きには月休みを持ち出して、一週間ほどレリィを休めることにした。
 コウの家は城下にある。とはいえ、城内に部屋を持つコウが家に帰るのは週に二度ほどだ。妻であるアリエンが主にレリィの様子を見守ることになる。
「でもコウ、」
「大丈夫だよ。君なら大丈夫だ」
「コウ……。あの方は危うくて……」
 アリエンは不安げに眉を寄せ、瞳を左右させた。
「私ではかける言葉が……かえって傷つけてしまいそうで……」
 コウは腕を組み、口に片手を当てて考える。そして腕を解いた。
「いや、何も言わなくていい。子供たちと遊ばせてやってくれ」
「……わかりました」
「戻る前に少し様子を見ていくよ」
 そう言い残して、コウは二階の部屋に向かった。

−  ◇  ◆  ◇  −

「レリィ」
 ノックをしたが、返事はない。少し待って、扉を開けた。
「失礼するよ」
 案の定、レリィは扉に背を向けてベッドに横たわっていた。
「そのままでいいから、聞いてくれるかな」
 やはり返事はない。だが拒否もない。コウはゆっくりと口を開いた。
「辛い事があるのは、誰でも皆同じだよ」
 ―――みんな同じ
 ―――それなら
 ―――つらいからって甘えているのはわたしだけ……
「俺だって、忙しかったり辛い事があった時にはおかしくなる事がある」
 ―――わたしは
 ―――わたしはおかしいんだ
 ―――もう二度と治らないんだ
「そんな時は、子供たちやアリエンに助けてもらってる」
 ―――わたしにはだれもいない
 ―――こんなわたしを助ける人なんているはずがない
「何も助けてもらおうと思ってそうしてるわけじゃないんだ。……難しい事じゃないよ」
 ―――わたしは助からない
 ―――助けてもらおうなんて思えない
 ―――もうだめなんだ
 ―――だめなんだ……
「くっ……」
 レリィは身を固くした。その薄く開いた両目から、静かに涙が流れ落ちた。
「少し調子がよくなったら、子供たちと遊んでやってくれないか」
 ―――やめてよ
 ―――もうやめて
 ―――楽になりたい
 ―――死にたい……
 乾く暇も与えず涙が次々に流れ落ちる。
 コウはしばらくその場に留まっていたが、言うべきことは言ったと判断して、静かに部屋を出て扉を閉めた。きしむ階段を降りると、まだ先刻と同じ顔のアリエンがいた。
「今日はゆっくり休めた方がいいかもしれないな」
「ええ……」
「じゃあ俺は城に戻るよ」
「ええ、お気をつけて」
 つい『ご武運を』と言いたくなるのは魔導師時代の名残だろうか。アリエンはコウに見られぬ程度に苦笑し、背伸びをしてその頬に軽く口づけた。
 
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