Radwair Cycle -BALLADRY- |
“脱出” 〜the Begining of Escape〜 |
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三日三晩。シークェインはレリィを見守り続けた。エリンが運ぶ彼の食事は、いつも半分ほど手付かずのまま残された。二日目の晩にはディアーナが来たが、シークェインとの会話もほとんどなく面会は終わった。ディアーナもひどく衝撃を受けていたのは当然のことだ。 「……レリィ」 二人きりになるたび、シークェインは彼女に語りかける。 「起きたらどっか連れて行ってやるからな。そろそろ寒いから南の方だな。とりあえずエアヴァシーでも行くか」 応えはない。指の背で軽く頬をなでてやる。反応は、ない。それを確かめると、ここ数日と同じように彼は腕を組んで壁にもたれ、仮眠に入った。 四日目の朝。その時も、シークェインはやはりレリィを見守っていた。このまま一生眠り続けるのではないか―――そんな不安を打ち払いながら、目覚めの時を見逃すまいと、寝不足に充血した目で彼女の顔を凝視し続けた。 レリィの瞼がぴくりと動いた、のは気のせいだろうか。錯覚かと息を止めるシークェイン。 静けさ。 今度は頭が動いた。 「レリィ!?」 「…………ん……」 「レリィ、おれだ! わかるか!?」 華奢な手を握り締める。レリィの頭は動きを止めたが、やがて彼女は薄く目を開いた。 「レリィ!」 「……ク…」 虚像を呼ぶように、あるいは自らが虚像であるかのように、その声は力ない。だが確かに彼を呼んだ。 「レリィ!!」 抱きしめようとした手は、レリィの脆弱な体を前にして宙をさまよう。 「ちょっと待ってろ、水持ってくる」 「はいな」 突如、声と共にヴァルトが現れた。手には水を満たした杯。あらかじめレリィの目覚めを知っていたかのような周到さだ。 シークェインは片腕でレリィの上体を起こし、受け取った杯で水を飲ます。弱った体なりにレリィは懸命に水を飲み干すと、再び寝台に沈みこみ、深く息をついた。 「わたし…」 「死ぬとこだったんだぞ」 「…………」 「死のうとしてたんでしょ」 ヴァルトの唇が笑っている。レリィは何か言いたげに口を動かしたが、その目線は徐々に逸れていった。 「ディアーナ…には、」 まだ朦朧としているはずの頭で、必死に彼女は言葉をつむいだ。 「ディアーナには…言わないで……」 「や、もう知ってる」 「えっ」 ヴァルトに向けたレリィの顔が、まるで命乞いをする者の顔に変じた。 「なんで…」 「ここにも来た」 「…………」 口を開けたまま愕然とするレリィ。その長い睫毛が何度か瞬いたかと思うと、その縁から涙がこぼれた。呼吸が乱れ、涙は次々に頬を伝う。 「……ごめんなさい……ごめんなさい……」 「レリィ?」 「ごめんなさい……」 「なんで…」 シークェインがなだめようとしても、彼女は弱々しく首を振るばかりだった。追い討ちをかけるようにヴァルトが告げる。 「今日の午後にもディアーナちゃん来るから、ヨロシク」 レリィがびくりとする。ヴァルトはそれを見てにやりと笑うと、シークェインに寄り、耳打ちした。 「三度目の正直」 「なに?」 「レリちゃんの自殺未遂は今回で三回目。精々目を離さずにいてあげなさいな」 ついと離れ、にっと笑んでみせる。 「じゃ、オレはこれで」 その場からフッと消えるヴァルト。部屋には男女と静寂とが残された。 シークェインはゆっくりとレリィに顔を向ける。 「…なんで会うのがいやなんだ、ディアーナと」 「…………」 「答えられないか」 レリィはうなずいた。 「わかった。じゃあ今、飯食え」 「……え?」 疑問符を浮かべるレリィに、シークェインはまだ手をつけていない自分の食事を突きつけた。 「た…」 レリィは弱々しく首を振る。 「食えるものだけでも食え」 スプーンを無理やり持たせ、じゃがいものポタージュを膝の上に乗せてやる。半開きの唇で、レリィはやはり首を振る。 「しょうがないな。口あけろ」 スプーンを奪い取り、ポタージュをすくってレリィの口に近づける。 「…シーク、」 「がまんしろ。ディアーナに会いたくないんだろ」 ポタージュとディアーナの接点が全く見出せないが、彼女の頭はそれ以上回らない。半ば強引に口に入れられたポタージュを飲み下すだけで精一杯だ。 時間をかけ、レリィが苦心してポタージュの器を空にしたところで、シークェインは毛布ごと彼女を抱き上げた。 「えっ…」 「声出すな。逃げるぞ」 「あら、マジで?」 戸口にヴァルトが立っていた。ばったりと顔を合わせたシークェインは数秒固まったが、 「ま、オレは止めやしませんよ」 ヴァルトの言葉に気を取り直した。 「二週間で戻る」 「はいはい、お気をつけて」 ヴァルトは軽く手を振って送り出した。 |
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