Radwair Cycle
-BALLADRY-
“脱出”
〜the Begining of Escape〜
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 三日三晩。シークェインはレリィを見守り続けた。エリンが運ぶ彼の食事は、いつも半分ほど手付かずのまま残された。二日目の晩にはディアーナが来たが、シークェインとの会話もほとんどなく面会は終わった。ディアーナもひどく衝撃を受けていたのは当然のことだ。
「……レリィ」
 二人きりになるたび、シークェインは彼女に語りかける。
「起きたらどっか連れて行ってやるからな。そろそろ寒いから南の方だな。とりあえずエアヴァシーでも行くか」
 応えはない。指の背で軽く頬をなでてやる。反応は、ない。それを確かめると、ここ数日と同じように彼は腕を組んで壁にもたれ、仮眠に入った。

−  ◇  ◆  ◇  −


 四日目の朝。その時も、シークェインはやはりレリィを見守っていた。このまま一生眠り続けるのではないか―――そんな不安を打ち払いながら、目覚めの時を見逃すまいと、寝不足に充血した目で彼女の顔を凝視し続けた。
 レリィの瞼がぴくりと動いた、のは気のせいだろうか。錯覚かと息を止めるシークェイン。
 静けさ。
 今度は頭が動いた。
「レリィ!?」
「…………ん……」
「レリィ、おれだ! わかるか!?」
 華奢な手を握り締める。レリィの頭は動きを止めたが、やがて彼女は薄く目を開いた。
「レリィ!」
「……ク…」
 虚像を呼ぶように、あるいは自らが虚像であるかのように、その声は力ない。だが確かに彼を呼んだ。
「レリィ!!」
 抱きしめようとした手は、レリィの脆弱な体を前にして宙をさまよう。
「ちょっと待ってろ、水持ってくる」
「はいな」
 突如、声と共にヴァルトが現れた。手には水を満たした杯。あらかじめレリィの目覚めを知っていたかのような周到さだ。
 シークェインは片腕でレリィの上体を起こし、受け取った杯で水を飲ます。弱った体なりにレリィは懸命に水を飲み干すと、再び寝台に沈みこみ、深く息をついた。
「わたし…」
「死ぬとこだったんだぞ」
「…………」
「死のうとしてたんでしょ」
 ヴァルトの唇が笑っている。レリィは何か言いたげに口を動かしたが、その目線は徐々に逸れていった。
「ディアーナ…には、」
 まだ朦朧としているはずの頭で、必死に彼女は言葉をつむいだ。
「ディアーナには…言わないで……」
「や、もう知ってる」
「えっ」
 ヴァルトに向けたレリィの顔が、まるで命乞いをする者の顔に変じた。
「なんで…」
「ここにも来た」
「…………」
 口を開けたまま愕然とするレリィ。その長い睫毛が何度か瞬いたかと思うと、その縁から涙がこぼれた。呼吸が乱れ、涙は次々に頬を伝う。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「レリィ?」
「ごめんなさい……」
「なんで…」
 シークェインがなだめようとしても、彼女は弱々しく首を振るばかりだった。追い討ちをかけるようにヴァルトが告げる。
「今日の午後にもディアーナちゃん来るから、ヨロシク」
 レリィがびくりとする。ヴァルトはそれを見てにやりと笑うと、シークェインに寄り、耳打ちした。
「三度目の正直」
「なに?」
「レリちゃんの自殺未遂は今回で三回目。精々目を離さずにいてあげなさいな」
 ついと離れ、にっと笑んでみせる。
「じゃ、オレはこれで」
 その場からフッと消えるヴァルト。部屋には男女と静寂とが残された。
 シークェインはゆっくりとレリィに顔を向ける。
「…なんで会うのがいやなんだ、ディアーナと」
「…………」
「答えられないか」
 レリィはうなずいた。
「わかった。じゃあ今、飯食え」
「……え?」
 疑問符を浮かべるレリィに、シークェインはまだ手をつけていない自分の食事を突きつけた。
「た…」
 レリィは弱々しく首を振る。
「食えるものだけでも食え」
 スプーンを無理やり持たせ、じゃがいものポタージュを膝の上に乗せてやる。半開きの唇で、レリィはやはり首を振る。
「しょうがないな。口あけろ」
 スプーンを奪い取り、ポタージュをすくってレリィの口に近づける。
「…シーク、」
「がまんしろ。ディアーナに会いたくないんだろ」
 ポタージュとディアーナの接点が全く見出せないが、彼女の頭はそれ以上回らない。半ば強引に口に入れられたポタージュを飲み下すだけで精一杯だ。
 時間をかけ、レリィが苦心してポタージュの器を空にしたところで、シークェインは毛布ごと彼女を抱き上げた。
「えっ…」
「声出すな。逃げるぞ」
「あら、マジで?」
 戸口にヴァルトが立っていた。ばったりと顔を合わせたシークェインは数秒固まったが、
「ま、オレは止めやしませんよ」
 ヴァルトの言葉に気を取り直した。
「二週間で戻る」
「はいはい、お気をつけて」
 ヴァルトは軽く手を振って送り出した。

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