Radwair Cycle
-BALLADRY-
“氷の城”
〜an Icy Castle〜
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 レリィが落ち着いたのを見計らって、シークェインは静かに尋ねた。
「なんであんなことした」
 服毒のことだ。ぴくり、とレリィの肩が動いた。
「おれのせいか?」
 長い沈黙の後、レリィは微かに首を横に振る。
「…そうか」
 単純に安堵を覚えることはできなかった。アリエンの叫びとも嘆きともつかぬ声が頭をよぎる。
 ―――「シーク! あなたがいながら…!!」
 確かに、自分のせいだけではないのかもしれない。だがもし自分が心の支えになってやれていたなら、ああまでレリィが追い詰められることはなかっただろう。
「…ここに来るまで、ずっと考えてた」
 珍しく眉間にしわを寄せ、シークェインはレリィを見やった。
「おまえをそんなふうにしたのは……おれか?」
 レリィは長いことためらい、やはり弱々しく首を横に振る。
 魔導師でもない二人は互いの頭の中を読むすべもない。鼓動と外のざわめきだけが、すべてだった。
「もうひとつきいていいか」
 シークェインが口を切った。
「なんでディアーナに知られたくなかった」
 レリィはうつむいた。またしても部屋に静寂が降りる。
「あの子は」
 その静寂を破ることすらできないほどの小声で、レリィは呟いた。
「わたしのこと親友だと思ってるから」
「…違うのか」
「ディアーナはわたしにいろいろしてくれるけど、わたしはディアーナになにもできない。…そんなの友達でもなんでもないわ」
「おまえ」
 シークェインはレリィの頬を指の先で軽く叩く。
「ディアーナにぶん殴られるぞ」
「そうね。わたしはディアーナを裏切って死ぬんだわ」
「なんで死ぬ!」
 唐突に出た『死』という単語に、シークェインの声が荒くなる。
「借りがあるなら生きていくらでも返せばいいだろ! なんで死ぬ!」
「もういやだから」
「なにが」
「生きてるのが」
 時が止まった。シークェインは口を開いたまま、動きというものを忘れたようだった。
「……なんで」
「わからない……もう……わからなくなっちゃった……」
 レリィの声は力ない。声と同じくそのままはかなく消え失せてしまいそうな体を、シークェインは両腕で抱き上げて自分の膝の上に乗せた。後ろから抱きしめる。
「やめて、わたし重いから…」
「ちっとも重くない。もっと食わないとだめだ」
 実際、もともと華奢だったレリィの体は、この数日ですっかりやせ衰えていた。生白い手足など、シークェインが軽く力を入れればポキリと折れそうだ。
 彼女の肩に顎を乗せ、シークェインは呟いた。
「どこにいるんだ、おまえは。難攻不落の氷の城か?」
 抱きしめる腕に力を込める。
「呼べよ、おれを。助けを求めろよ、もう一度。今度は聞き逃さない」
 レリィは口を開かない。
「レリィ。おれの言うこと聞こえるか」
 レリィは―――うなずくとも否定するともつかぬふうに首を動かした。シークェインはしばらくそのまま彼女を抱きしめていたが、思い出したようにそれを解いた。
「食事もらってくる」
「いらない…」
 立ち上がりかけていたシークェインは、レリィを放して横に腰を下ろし、溜息をついた。
「おまえ、そんなんじゃ倒れるぞ」
「…自業自得よ」
「なに?」
「食べないから倒れるのはわたしが悪いのよ。仕方ないわ」
「そしたらおれがかついで行かんとならんだろ」
「置いていけばいいのよ」
「おまえ、」
 シークェインの顔が真摯なものに変じる。
「そんなにおれが薄情だと思ってるのか」
 レリィはしばらく黙した。
「わたしが甘えてるだけだわ」
 瞬いた目から、不意に涙がこぼれ落ちた。驚くシークェイン。とっさに声をかけられない。
「わたしは駄目な人間だから……そうやって甘えてるんだわ。巫女だから生かされてるだけ。死ねばいいのに」
「ちょっと待て。だから、なんで死ぬとか言う」
「わたしが死ねば解決するもの」
「なにが」
「全部よ!」
 泣きながらの叫び声に、シークェインは言葉に詰まった。充血してもなお美しい紫色の目が、恨むように彼を見つめた。
「みんなが、わたしを見捨てればいい」
「なんで」
「そうすればわたしが死んでも誰も苦しまない!」
「おまえ、」
 圧倒されかけたシークェインは、しかしすぐに自分を取り戻した。
「巫女だからとか生かされてるとか、生きるのにそんなに理由がいるのか?」
 レリィのしゃくり上げる声はやまない。その頭に、シークェインは手を乗せた。
「普通にしてればいいんだ。生まれたんだから生きるだけだ。違うか? ……おれは、」
 そのまま長い髪をなでる。
「おれはなんでもいいからおまえに生きててほしいんだ。わかるか?」
 レリィの顔が徐々にゆがんだ。歯を食いしばり、目には涙が溜まる。シークェインはさらに続けた。
「巫女は忘れろ。それ着てる間はおまえは巫女じゃない。ただの女だ。思いっきり遊べ」
「遊ぶなんて…」
「おまえは真面目だからな。一回はめ外すぞ。エスターン行くか」
 意表を突いた提案に、レリィは言葉を失う。
「ベルカトールで三泊ぐらいして、あとは途中の街に寄りながらエスターンまで。…二週間からだいぶはみ出すけどな」
「……なにしに?」
「旅行だ、旅行。海見せてやる。ラドウェアから出たことないんだろ?」
「…………」
 レリィは考えあぐねている様子だった。その頭をぽんと叩いて、シークェインは今度こそ寝台から立ち上がった。
「飲み物もらってくる。そのくらいなら大丈夫だろ」
 ふと、横からレリィの顔を覗き込む。
「…キスしていいか」
 少しの間をおいて、レリィはかぶりを振った。
「そうか」
 返答を知っていたかのように、シークェインは一瞬寂しげに笑った。

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