Radwair Cycle -BALLADRY- |
“ベルカトールにて” 〜at a Trading City〜 |
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ベルカトール。大陸最大の交易都市。一直線に延びる大路の果て、そびえ立つ宮殿は、秋の乾いた空に映える純白。大路の左右に並ぶ露店の数々。商店や工房。スラム。暗黒街。見るものも、シークェインが説明するものも、全てが目新しく、ラドウェアとは別世界のようだった。 「昔ここで雇われて戦ったことあるんだ、おれは。ほんのちょっとな」 シークェインは懐かしげに目を細める。 「条件よかったんだけどな。でもそのときおれは、金で動かしたり金で動いたりってのは嫌気さしてて」 少しの間の後、シークェインは笑い飛ばした。 「まあいろいろあってな。それより、ここはおもしろいもの多いぞ。あと、めしがうまいな。とりあえずどっか食いにいくか」 適当な宿を見つけて馬を降り、宿泊の予約を済ませてから、大路に出る。無論、そのまま宿の食堂で食べることもできたのだが、 「こっちの方が絶対うまい」 とシークェインが無理やりレリィを連れ出した。勝手知ったる場所らしく、大路に面した食堂の入り口を迷わずくぐる。 ラドウェア城下の大衆食堂にすら入ったことのないレリィには、食堂内にひしめき合う人々というものを見るのはこの度が初めてだ。シークェインは給仕に声をかけ、空いた席を案内させると、そこが元からの自分の専用席とばかりにどっかと座った。レリィはおずおずと、テーブルを挟んだ向かいの席につく。 「これと、これ。それからこれも」 品書きを開いて、シークェインは次々に給仕に指し示す。そしてレリィの方に目をやった。 「おまえは?」 「え…」 渡された品書きを漠然と目に入れるだけのレリィに、シークェインは五つ数えてから言った。 「じゃあ全部ふたつずつだな」 「かしこまりました」 「そッ、」 あせったレリィが首を振る。 「そんなに食べない…」 あ、そうか、とシークェインは呟いた。 「じゃあこいつの分は、サラダとシチュー。あと果物な」 「かしこまりました」 声のトーンを変えずに給仕が承り、その場で勘定をする。 この店は宿を兼ねない料理専門の店で、給仕が品書きを持って注文を取りに来る。無論それも、レリィにとっては経験のないものだった。 「おもしろいだろ」 見透かしたようにシークェインが笑った。 「このへんはこういう店多くてな。店によって品書きもけっこう違うし。何日いてもあきない」 それからシークェインは、この街のスラムの様子、宮殿の周辺の様子などを語り始めた。レリィはひとつひとつ相槌を打つ。 職人連合の説明をしている時に、食事が運ばれてきた。鶏のから揚げ、細く切った肉と野菜の炒め物、ひき肉を練って焼き固めたものにたっぷりとソースをかけたもの、パイ皮に包まれたソーセージ、色とりどりのサラダ、温かいシチュー、そして葡萄と梨の盛り合わせ。 「な。うまそうだろ」 「…多い…」 「一口ずつでもいいから食え」 シークェインに促されて、レリィはひとまずサラダに手を伸ばし、フォークで口に運ぶ。緩慢にあごを動かす。みずみずしい野菜の歯ごたえ。 「うまいか?」 「…………」 飲み下して、レリィは呟くように言った。 「…わかんない…」 「なに?」 「わかんない……」 伏せた目が潤んでいる。冗談ではなさそうだ。 「こっちはどうだ?」 シチューを指す。レリィは具を避けて汁をスプーンですくい、吹いて冷ましてから、口に流し込む。そしてやはり首を振った。 「…だめ…」 「だめってなんだ」 「…わかんない……」 要領を得ないレリィの反応に、シークェインはしばし考え込む。 味がわからないのだろうか。もしそれが毒の後遺症だとしたら。ヴァルトかモリンにでも訊いてから出てくるべきだったか。 あるいはもうひとつ可能性があった。宿に泊まるごとにレリィがとってきた食事はどれもほんの一口ばかりだ。 「おまえ、食べないし動かないからそうなったんじゃないか?」 並ぶ料理を前に苦痛の表情のレリィが、そのまま目を上げた。 「おまえはもっと日の光あびて動かないとだめだ。明日少し歩き回ってあっちこっちみてくるか、腹減るまで」 自分で納得したようにそう言うと、シークェインはテーブルに並んだ料理を手当たり次第といった風に食べ始めた。この人の方こそ、味わかって食べてるのかしら―――レリィがそう思うほどの勢いだ。 要したのはほんの十五分ほどだろうか。レリィが梨をのろのろと食べ終えたとほぼ同時に自分の皿を全て空にすると、シークェインは食休みもせずに立ち上がった。 「宿戻るぞ」 レリィの隣に腰掛けると、シークェインの体重を寝台が拒否するようにきしんだ。 「今日はなんの話する」 「え?」 「言いたいこといろいろあるんだろ。全部吐きだしてけ」 いざそう言われると、レリィの舌は固まってしまったようだった。シークェインは少し待って、助け舟を出す。 「巫女の仕事のこととか」 レリィは迷ったような困ったような顔でシークェインを見上げた。シークェインはその視線を受け止める。 「好きでやってるわけじゃないんだろ?」 レリィは目を落として黙する。 「……そうでも、ないかも」 「ん?」 「人を助けられる仕事だから…そこはきらいじゃない。でも、」 レリィの唇が自嘲的にゆがみ始める。 「今のわたしはもうだめ…。霊界に降りられない巫女なんて、生きてる意味ないわ」 「なんで降りられなくなったんだ」 自らを追い詰め始めるレリィの心の軌道を、シークェインは極力修正する方向へ話題を向ける。 「……怖いの」 「なにが」 「失敗するんじゃないかとか……エンガルフに遭うんじゃないかとか……」 得たり、とシークェインはうなずく。 「そいつのせいだな」 「え?」 「そいつに遭う前は、失敗したことほとんどなかったんだろ」 「でも…、そんなことがわかっても、今さら何も変えられない」 失敗した時の家族の悲しみ、やるせなさ。それを目の当たりにして、何もできない自分。今でも死者の家族達が悲しみに暮れていると思うと、夜安らかに眠ることもできない。それらをレリィはぽつりぽつりと告白する。 聴いているうち、シークェインの表情が憮然としたものに変わった。 「そんなのはおまえのせいじゃない」 「でもわたしだけ……わたしだけを頼りにしてた…」 「おまえたち…、ラドウェアの人間は考えることがおかしいぞ!」 シークェインは声を荒げた。 「おまえ一人に全部押しつけて、何でも治るなんてあるわけないだろう! 人間死ぬときは死ぬんだ、なんでそれがわからない!」 「でも事実、巫女はラドウェアの人々を救えるのよ! あなたは…、」 目に涙を溜め、大きく口で息を吸い込む。 「あなたは家族や親しい人を亡くしたことはないの!?」 「…………」 シークェインの目が厳しくなる。 「ある。だがもう思いださないと決めた」 言葉どおり、話を打ち切る。 「おまえは自分で自分を責め続ければつぐないになると思ってる。よく考えてみろ、おまえが苦しめば誰か一人でも助かったか?」 口を半開きにしたまま、レリィは答えられない。不意にシークェインはレリィを抱き寄せた。 「今を生きろ。これからのことを考えろ。過去のことは忘れろ」 「……そんな都合のいいことできない」 「できないんなら今までと同じ、後悔しながら苦しんで生きることになるぞ」 「わたしには、」 レリィの唇がまたゆがむ。 「それがお似合いだわ」 「そんなわけあるか!」 シークェインはレリィの上体を抱きしめた。 「そんなわけあるか! ラドウェアが許してもおれが許さん!」 レリィの肩に顔をうずめたシークェインに、ふとレリィの自嘲が消えた。 ―――泣いてる…? 気のせい、だろうか。シークェインは体を硬直させて、震えを抑えているかに見える。そのままの姿勢から、シークェインは尋ねた。 「…おまえ、何年巫女やってるんだ」 「十年以上かな…」 「そんなにか」 シークェインの大きな手が、レリィの髪をゆっくりとなでた。 「つらかったんだな」 今度はレリィが涙ぐむ番だった。涙ぐむどころか、後から後から押し出されるように涙が頬を伝う。鼻をすすり、しゃくりあげ、最後には嗚咽をもらす。シークェインは、彼女が泣き止むまでその背をさすり続けた。 |
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