Radwair Cycle
-BALLADRY-
“微かな光”
〜a Ray of Hope〜
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 シークェインの提案で、今日は宿から少し遠い食堂に向かうことになった。レリィに少しでも空腹を覚えさせることが目的だ。
「疲れたら言えよ」
 そう言って、彼にしては少々ゆっくりめに歩く。
 ―――どうしてこの人は、今さらこんなに優しいんだろう。
 ―――今さら?
 レリィは立ち止まった。いや、足が勝手に止まったのだ。我知らず目を見開く。
 ―――気づいてしまった。
 前を歩くシークェインの背中が、徐々に遠くなっていく。
 ―――わたしはもうずっと前から、恋人としてのこの人がきらいだったんだ。
「どうした?」
 シークェインの広い肩が振り返った。頭一つ分高い彼が、不審げに彼女を見下ろしている。
「レリィ?」
「な…」
 レリィは必死に首を振った。
「なんでも、ない…」
「本当か?」
「う、うん…」
 シークェインはまた歩き出す。
 ―――でも、今なら。
 振り向いてくれる今のこの人となら。
 駆け足で追いつき、ぎゅっ、とレリィはシークェインの袖を握った。
 ―――もう一度、恋できるかもしれない。
 不安と希望の綯い交ぜになった心を、レリィは自分の内にはっきりと感じ取った。心臓の鼓動も息苦しさも心地よかった。

−  ◇  ◆  ◇  −

 その日の昼食も、レリィはほとんど手をつけなかった。シークェインは無理強いを諦めたのか、とがめるでもなく自分の料理を平らげる。
「…あの、」
「ん?」
 控えめなレリィの切り出しを、耳ざとく聞き止めた。
「ご…ごめん、せっかく、連れてきてもらったのに……」
「気にするな」
 なんだ、そんなことか。シークェインは笑った。
「わるくないな、こういうのも」
「え?」
「女と2人っきりでめし食うなんて、面倒だと思ってたんだけどな」
「…そう」
 ふいとレリィは視線を横に流した。
「なら今度から一人で食べてもいいのよ」
 立ち上がりかけるレリィ、その腕をつかむシークェイン。
「おまえとならいいって言ってるんだ。座れ」
 レリィはしばらく黙し、席につく。だがシークェインとは目を合わせない。怒らせたかと、シークェインは気まずく食堂内を見回す。
「…というか、」
 テーブルに戻ったシークェインの目が、空いた皿の上を軽くさまよった。
「好きなんだな、おまえのことが…」
 レリィは驚いて目を上げる。シークェインはどこかしらすねたような顔で、テーブルの端に目線を固定している。
「……まあ、いいか。行くぞ」
 レリィに目をやらずに、シークェインは席を立った。その背中の広さに、今さらながらレリィは気づく。
 鼓動が熱い。飢えにも似たものが、じりじりと胸を焦がす。
 ―――あなたなら、わたしを救えるだろうか。
 ―――この氷の城から、わたしを。
 シークェインが出口で振り返るまで、レリィはその場に立ち尽くしていた。

−  ◇  ◆  ◇  −

 さらに次の日。
「ま…、」
 人ごみの中、開くばかりの距離に、レリィはついに声をあげた。
「待って、シーク!」
「お」
 レリィのはるか前を悠々と歩いていたシークェインが振り返る。
「やっと声出したな」
「だっ…」
 日はすでに高い。レリィが昼前まで眠っていたためだ。光がまぶしい。指先が冷たい。足元はおぼつかない。冷や汗が額から、背中から、首筋からにじみ出す。身体がしびれる。
「だってシーク、歩くの速い……」
「おまえが遅いんだ」
「だって…だって、」
 膝が派手に震えて立っていられない。よろけてそのまま膝をつく。息切れと耳鳴りに襲われ、まぶたが自然に落ちてくる。
「だめ…もう……歩けない……」
 往来のど真ん中、シークェインはレリィに歩み寄ってその目の前にしゃがみこむ。
「降参か?」
「降参って…」
 レリィの声を、腹の鳴る音がさえぎった。レリィは真っ赤になって自分の腹をおさえる。
「腹減ったか」
 涙目でうなずくレリィに、シークェインは満面の笑顔で応じた。
「ここの近くにもうまい店あるんだ。そこまで頑張れ」
 レリィの背を叩いて立つよう促すと、そのまま彼女を小脇に抱えるように歩き出した。

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