Radwair Cycle
-BALLADRY-
“ひとときの安らぎ”
〜a Rest〜
<< 前へ   次へ >>
 レリィとそれに追いついたシークェインが表通りに出ると、日は中天を少し過ぎたところだった。ベルカトールを東西に貫く大路は、行き交う商人と売り子の呼び声でごった返している。
「そこらの店入るか」
 シークェインは宝飾店を指した。レリィはまごつく。
「え…。そういうのなら、ティグに作ってもらえば…」
「見るだけだ、見るだけ」
 レリィの手を引いて中に入る。
 薄暗い店内は、宝飾類がよりきらびやかに見えるよう、魔光灯を照らしていた。闇に浮かび上がる様々な色。さながら夢の世界に迷い込んだようだ。
「これなんか似合うんじゃないか?」
 見本台の中から、宝石で蝶をかたどった髪飾りを店員に出させてレリィの髪にさす。腕を組んでしばらく見定めてから、抜いてまた別のをさす。
「やっぱり銀だな」
「…シーク…」
「ん?」
 ―――なんか、わたしより楽しそうなんだけど。
 傍目に見てもその通りなのだが、これがいいあれがいいと鏡を見せられるごとに、レリィも少しずつそれに慣れてきたようだった。
「これ…が一番好きかな…」
「よし、じゃあそれ買うか」
「えっ」

−  ◇  ◆  ◇  −

「あんなちっさいのがなんであんなに高いんだ」
 唇をとがらせてシークェインはひとりごちた。金貨20枚だという。手持ちの金で買えなかった。
 すっかり自分の歩調になった彼を、レリィは小走りで追っている。
「だから、ティグに作ってもらえば…」
「それじゃおれがおまえにやることにならないだろ」
「シ、シークにはもう服買ってもらったから、充分だから…」
 不意に振り向いて、シークェインは顔を輝かせた。
「もう一着買うか」
 ようやく追いついたレリィは、肩で息をしながら、この際、この男のペースにとことん付き合う覚悟を決めた。
 その結果が。
「……悪かった」
 部屋に戻るなり倒れるように寝台に突っ伏したレリィに、シークェインはばつが悪そうに言った。
「おまえ体力ないのすっかり忘れてた」
「…………」
「…楽しくなかったか?」
「わかんない……」
「おれは楽しかったな」
 自分の寝台に腰掛けるシークェイン。しばらく思案にふけっていたが、思い出したようにレリィに声をかけた。
「そっち行っていいか」
「うん…、あ、待って」
 レリィはおもむろに起き上がり、カーディガンとワンピースを脱ぎ始めた。
「おまえ、」
「…………」
 下着姿になったレリィは、脱いだ服を丁寧にたたみ床に置くと、上目遣いにちらりとシークェインを見てから寝台に戻る。
 シークェインは上着とズボンを脱ぎ捨て、レリィの隣に入るなり、彼女の細い体を抱きしめた。レリィの手がおずおずと彼の背中に回る。
「久しぶりだな、こうやって一緒に寝るの」
「うん…」
 下着を通して彼のぬくもりを感じながら、レリィはふと言い知れぬ不安に襲われた。
「シーク」
「ん?」
「わたしを……離さないで」
 ―――『どこへ行ってしまうかわからないから』。少なくともシークェインにはそう聞こえた。
「わたしを…つかまえていて。いやがっても暴れても、逃がさないでつかまえていて」
「…ああ」
 応えながら、彼はレリィが震えているのに気づいた。背に回す手にぎゅっと力を込める。
「わかってる。どこにも行かせない」
 長い髪をなでる彼の手は大きく優しい。
 ―――ああ、今日はこのまま眠れる……。
 まぶたを閉じると、一日の疲れが出たか、レリィはまもなく眠りに落ちていった。

<< 前へ ▽ BALLADRYインデックスへ戻る ▽ 次へ >>