Radwair Cycle
-BALLADRY-
“夢ではなくて”
〜I am Yours〜
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 闇の中、魔物に囲まれていた。その数は計り知れない。
 斬った。ただひたすら斬った。斬って斬って斬りまくって、ふと振り向けば、シークェインの姿が見えた。彼の周りには、彼が倒した者らの死体が山のように積まれている。彼もまたレリィに気づいた。
 ―――ああ、わたしたちは血みどろだ
 血まみれのまま、二人はどちらからともなく近づき、強く抱き合った。
 ―――疲れて 疲れ果てて
 ―――誰かにそばにいてほしかったんだ……
 むさぼるように口づけを交わし、レリィを下にしてもつれ合い倒れこんだ。

−  ◇  ◆  ◇  −

 目が覚めた。とても幸せな夢を見ていたような気がする。
 次に、暖かい腕の中にいる自分に気づいた。となると、あれは夢ではなかったのだろうか。
 ―――ああ、これから起きて支度して、
 伸びをしながら、小さなあくびをする。
 ―――いつものように、巫女の仕事が……
 はっとして飛び起きた。毛布を跳ね上げてベッドを降り、床にわだかまっている服の中から、昨日着ていたワンピースを引っ張り出して身にまとう。
「……ん?」
 シークェインが気配に気づいたが、レリィはかまわずボタンを留め、部屋を走り出て行った。
「レリィ…、」
 ドアが閉ざされるのを寝ぼけ眼で見て、はっと意識が目を醒ます。
「レリィ!」
 シークェインは慌てて身づくろいをし、上着に袖を通しながら一階に下りる。
 早朝だった。食堂から外に出て、通りの左右を見ても誰も見当たらない。
「レリィ……」
 そのうち腹が減れば帰ってくるだろう。そうも思ったが。
 ―――だめだ。
 『シーク……わたしを離さないで』
 ―――あいつは行ったら戻ってこない。
 レリィの行く先は。最悪の事態が思い浮かんだ。
 ―――レリィ、死ぬな!
 シークェインは港へ走った。

−  ◇  ◆  ◇  −

 レリィは走っていた。走りながら、泣いていた。
 ―――わたしは
 ―――こんな所で何してるんだろう
 ―――幸せだなんて、そんな資格はわたしにはないのに
 『あんた巫女だろう!』
 『どうして娘がこんな目に……』
 『巫女のくせに母さんを治せないっていうのか!』
「うっ…」
 叫び出しそうになる口を両の手で押さえると、代わりに涙がぽろぽろとこぼれた。自然に足が止まり、ゆっくりと地面に膝をつき、うつむく。
 ―――わたしは
 ―――わたしは救えなかったんだ
 ―――「精一杯頑張った」だなんて言い訳にならない
 ―――何もできなかったんだ……
「レリィ!!」
 シークェインの声が呼んでいる。ああ、探しに来てくれた。見つけてくれた。それでも涙は止まらなかった。
「レリィ……レリィ、なんで泣いてる」
 シークェインはレリィの肩に手をかけてしゃがみこむ。
「昨日、あれか、いやだったのか?」
 レリィは首を振る。
「じゃあなんだ……なんかいやなこと思い出したのか?」
 少しの間迷って、うなずいた。シークェインは具体的に問いただそうとしたが、やめた。
「…海、見るか」
 レリィは涙で濡れた顔を上げ、手の甲で涙をぬぐって、うなずいた。
 建物に隠れて見えなかっただけで、港はそこからすぐ近くだった。漁船はすでに漁に出ており、貿易船がいくつか見られるだけだ。
「寒くないか」
 吹きつける潮風に、シークェインが問う。レリィはやはり無言でうなずく。灰色の曇り空の下、海は波頭が立ち、船は波が来るごとに揺られている。
 シークェインは中型の貿易船に目をつけると、レリィを引っ張って近づいた。荷物は運び出した後のようで、がらんとしている。桟橋と船との境を大股で越え、中に入って見回す。
「シーク、勝手に…」
「いいから来い。足元気をつけろよ」
 レリィの手を取って、桟橋から船へ足を踏み出させる。
「上、あがれるな」
 初めての船にも無反応なレリィの手を引いて、横波にゆらゆらと傾ぐ中を進み、木製の階段を上る。
 風が吹き込んできた。甲板に上がった二人の前に、海が広がる。シークェインは船の縁(へり)に手をかけた。
「晴れてればな…」
 空を仰いでひとりごちるシークェイン。それから彼はレリィの方を向いた。レリィは相変わらず、うつむいて暗い表情をしている。
「…レリィ」
 呼ばれるとかすかに目を上げる。
「このまま、おれと……シルドアラでも別の大陸でも、行ったっていいんだぞ」
 レリィはその言葉に顔を上げ、シークェインを見つめた。しばらく。シークェインもまたレリィを見つめる。
 やがて、レリィは目を伏せ、首を横に振った。
「わたしは…ラドウェアの巫女だから……」
 口の中で無理に作り出した言葉は、ひどくいびつだった。
「ラドウェアに戻らなくちゃ……戻らなくちゃ……」
 歯を食いしばる。涙がまたこぼれ落ちる。シークェインはその肩を優しく抱く。レリィの慟哭は勢いを増す。
「帰りたくない……帰りたくないよぅ……」
「レリィ…」
「もう…シーク……助けて……殺して…わたしを殺して……」
 レリィはシークェインにすがりついた。シークェインはそれを柔らかく抱きしめる。
「なんで死にたいんだ」
「死ねば…ラドウェアに帰らなくてすむから……幸せなまま死ねるから……」
「レリィ」
 腕をほどいて瞳を覗き込む。
「おまえが死んだらおれはどうする」
「…………」
 戸惑うレリィの潮風になびく髪を横からかき上げ、深く口づける。それが終わると、シークェインは宣言した。
「エアヴァシーに来い。おれから離れるな」
「でも…わたしラドウェアに……巫女だからラドウェアに……」
「死にたいとか思うなら、巫女の仕事なんかやれるか。その命おれによこせ」
 額をつけ、互いの息がかかる距離で彼は言った。
「おまえは、いいか、おまえの命は、おれのものだ。レリィ、おれから逃げるな。勝手に死ぬな。どうしても死にたかったらおれに言え。おまえを殺していいのはおれだけだ」
 封をするように唇を押しつける。
「いいな」
 レリィの手を取り、握り締める。レリィは目を伏せるばかりだ。
「よし。飯食いに戻るか」
 手を握ったまま甲板を降り、桟橋を渡る。迷いなく前を歩くシークェインに手を引かれて小走りで追いながら、レリィは不思議と心が軽くなるのを感じた。
 ―――あなたの飾らない心が好きだ。
 ―――あなたは嘘をつかない。
 ―――あなたは自分を偽らない。
 ―――あなたはきっと裏切らない……。
「わたし……信じるから……」
 かすかな声は、潮風にあおられて空に消えた。

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