Radwair Cycle
-BALLADRY-
“ラドウェアへ”
〜Repatriation〜
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 一陣の風が地面から秋空へと吹き抜けていった。北に連なる山々をエアヴァシー近くから見上げれば、紅葉した木々を臨(のぞ)めた。
「行くときあんなに赤くなかったよな」
 同意を求めるようにそう言われても、ラドウェアを出た時の朦朧としていたレリィの記憶にはない。曖昧に首をかしげる。
 また風が吹く。レリィの長い髪をなびかせ、時に愛撫し、時にひるがえす。
「…ヴィルがね、」
 透き通る風を浴びながら、レリィは呟いた。
「ん?」
「ヴィルがいなくなったのは、わたしのせいなの」
「なんで」
「わたしがひどいこと言ったから…」
「そのくらいで…」
 言いかけてシークェインは止めた。何を言っても傷つけるだろう。一度かたくなになったレリィをなだめるには時間がかかる事は、この旅でよく知っている。
「男が一度決めたことにどうこう言うな。もう忘れろ」
 レリィは返事をしなかった。
 先刻から木々の上にちらりちらりと見えていたラドウェアの城が、また木々に隠れる。
「シーク」
「ん?」
「どうしてわたしを連れ出したの」
 一呼吸の間を置いて、シークェインは言い切った。
「おまえは心臓に傷を負ってる」
 何事か、とレリィは彼を見上げる。目が合った。
「だからあんな死ぬようなまねをしたんだ。わかるか。おまえは心臓に傷を負ってる。致命傷だ」
「―――」
「だから、…おれがなんとかしてやらないとならんと思った。おまえはおれの女だからな」
 レリィの澄んだ目が、不思議なものを見るようにシークェインを見つめている。
「わたし、」
 自然にうつむきかけた顔を、レリィはぐっと上げる。それはもう涙を流すまいという彼女の意志だ。
「シークに頼っちゃいけないと思ってた」
 言わなければならないことがある。彼女なりに必死に言葉を紡ぐ。
「シークはいつも楽しそうで、みんなと話してて、忙しそうで、……シークの邪魔しちゃいけないって、思ってた…」
「…………」
「でも、…わたしから言えばよかったんだ。言ったらきらわれると思ってたけど、ちゃんと言えばよかったんだ」
「なにを」
「『わたしを見て』って、言っても……よかったんだね」
 レリィの頬の緊張が緩んだ途端、涙がひとすじ伝った。答えるすべが見つからず、シークェインは片腕でレリィを強く抱いた。
「もう少しだからな」
 最後の弓なりの道を越えれば、上り坂の果てにラドウェア城西門が正面に見える。レリィはうなずき、袖で涙を拭いた。
 近づくにつれ、門の前にいくつかの陰が立っているのが見えた。そのうちの一人が坂を駆け降りてくる。
「レリィ!!」
 栗色の長い髪を風に舞わせ、真っ先に駆け寄ってきたのは女王ディアーナ。シークェインは馬を降り、レリィを抱き下ろす。
「レリィ! 待ってたよ!」
 ディアーナはレリィの首に抱きついて歓迎する。
「……ごめん」
 レリィは目を伏せた。ディアーナは首を横に振る。そして満面の笑みを見せた。
「お帰り」
「……、ただいま」
 レリィは少し照れたようにうつむく。その唇はかすかに笑んでいた。
 ディアーナの隣で、同じく駆け寄ってきたアリエンが涙ぐむ。
「レリィ様、ご無事で…」
 さらにもう一人、
「ま、立ち話も何ですから中へどーぞ」
 ヴァルトが四人をうながした。
「……おい。おまえらがここで待ち構えてたってことは、」
「キミらの動向、各地の魔導師団から筒抜けですから」
 シークェインはヴァルトの肩に手をかけ引き寄せると、脇に頭を挟んで締め付けた。
「あいででででで、降参、降参」
「遊んでないで城に入ろう。コウも待ってるから」
 ディアーナに押されて、二人を含めた全員は城へ向かった。

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