Radwair Cycle
-BALLADRY-
“ぬぐえぬ不安”
〜an Anxiety〜
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「や、実際、ラドウェアに戻ってきて大正解」
 一通り話を聞いて、先ほどシークェインに締め付けられた首を鳴らしながら、ヴァルトは言った。
「ラドウェアは三城で唯一、対霊界結界張ってあるから」
「どうしてそんな事を?」
「知ってるのかって?」
「いや、黒耀(こくよう)のルニアスはどうしてそんな城を建てたのかな、と」
 手を机の上で組んだまま、コウはやや背を伸ばして尋ねる。ヴァルトは尖らせた唇を指でなでた。
「ラドウェアは元々は巫女の居城だったからね」
 コウの隣で、アリエンが眉を寄せる。
「ですが、元より霊界の者が地上に出てくるなど仮定するものでしょうか?」
「さーね。ルニアスさんが案外ヒマ人だったんじゃ?」
「…わからんなぁ、魔導師っていうのは」
「アンタの嫁さんは何よ」
 真顔で首をひねるコウを、ヴァルトがぴしりと指差す。アリエンが苦笑した。
「ともあれ、ラドウェアにいて、なおかつレリィ様が霊界に降りさえしなければ、大丈夫という事ですね?」
「そ。つまり、巫女として人の治療をさせないこと」
「…………」
 レリィは必死に自分を納得させようとしている。ヴァルトは二本目の指を立てた。
「あとはあれね、さっさと子供産んで跡継がせる」
「それはまた……気の早い話だな」
「ま、育つまで早くて十年だけど。どっちみちいずれはそうなるっしょ」
 ヴァルトはシークェインに向かって片目をつぶる。シークェインは、片方の口角を上げて返した。
「巫女が働けない時期なんて今までも何度もあったんだから、レリちゃんももちょっとラクに考えなさいな」
「……うん……」
 レリィの顔は晴れない。何かを深く案じているが、口には出せないといったふうだった。部屋の中に重い沈黙が流れる。
 ヴァルトの変わらぬ明るい声が、ふと思い立ったようにシークェインに投げられた。
「あー。あとはもう専門的な話すっから、シークは戻ってていーよ」
「…なんか追い出そうとしてないか」
「や、シークが聞いても絶対わかんない話だから」
「おまえな、」
「まーまーま、偉いヒトの言うコトは素直に聞きなさいって」
「おれの方が偉いだろ。守備隊長だぞ、守備隊長」
「はいはい、こまいこと言わない」
 自らの口癖とともにヴァルトに押し出され、廊下に出たところで、シークェインは振り返った。
「ヴァルト」
 強烈な眼光だった。あたかもそこに仇がいるかのように。
「どうすればそいつを…エンガルフを叩き殺せる」
「さあね。まともにやり合ったらオレでも負ける」
「…………」
 シークェインは歯をむき出して、怒りとも焦りとも敗北感ともつかぬものに耐えていたが、結局は何も言わずにヴァルトに背を向けた。その広い背中が廊下の角に消えるのを見届けてから、ヴァルトは部屋に戻った。後ろ手で音を立てずドアを閉める。
「さて、レリちゃん」
 その表情は至って真剣だ。
「今の自分の最大の弱点、わかってるよね?」
 レリィはゆっくりとうなずいた。
「シークに…あの人に何かあったら……」
「そしてエンガルフに霊界の人質に取られたら?」
 ヴァルトにそう言われることで、事の重みがはっきりと見えてくる。
「わたし……」
「ま、オレは無理には引き止めないし、今までも何回か言ったけど、…いや、」
 ヴァルトは組んでいた腕を解いた。微笑とともに目を細める。
「その時になったら自分で決めなさい」
 やり取りを聞いていたコウが、深い溜息をつく。『ディアーナはわたしが死んでも大丈夫だから』―――そう繰り返していたレリィが、今すぐ生に振り返るとは思えなかった。
「とりあえずシークは、謹慎扱いでしばらくラドウェアにいてもらうよ。エアヴァシーにはロンバルドをやる」
「うん…」
「レリィは表向き、病気ということにしてくれ。いいかな」
「うん……わかった……」
 変わらず曇り顔のレリィに、コウは優しく言った。
「これで気に負うところはないだろう。ゆっくり心身を休めてくれ」
「……うん」
 まだかなりの不安を抱えている様子のレリィに、アリエンがそっと声をかける。
「何かありましたら、いつでも私をお呼びください。大概は時間があります」
「でも、」
 レリィは首を振った。
「これ以上アリエンに迷惑かけられない…」
「レリィ様」
 真摯を通り越して怒りでもぶつけるような目つきで、アリエンは頭半分高いレリィを見上げた。
「このアリエン・ディッツ、今までレリィ様から迷惑を被った事など一度たりともございません。どうぞお声をおかけください。何もおっしゃらず溜め込む事の方がむしろ私には迷惑です」
「…………」
「気が向いたらまた、うちの子供たちと遊んでやってくれ」
 コウが微笑みを向ける。レリィは長いこと時間をかけて、うなずいた。

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