Radwair Cycle
-NARRATIVE-
"奇異"
〜the Agression Started〜

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 一夜明けてもなお、状況は変わらないかに見えた。昨晩シャンクを追って城壁に近づいた兵士たちだけが、包囲の列を崩して内側にはみ出していたが、それきり動きを止めている。
 シャンクの肩の矢傷は、昨日のうちに手当てが施されたが、浅くはない。それでも足があるから動けると言い張る彼に、コウが根負けした結果、シャンクはいつもの定位置に落ち着いている。司令室の隅の窓掛(カーテン)のそばだ。
「…シークさん、大丈夫ですかね」
「ああ。解ってるよ、きっと」
 机に両肘をついて目を閉じたまま、コウが応じる。
「それって、頭では、って事ですよね?」
 エアヴァシー陥落の報を受けた時の、あのすさまじい剣幕が思い起こされる。シャンクは落ちつかなげに長い髪をかき上げていたが、思い切ったようにコウに向かった。
「様子、見てきます」
 定位置から脱して扉に歩み寄った時、シャンクにぶつかる勢いで扉を開けた兵士がいた。
「近衛長っ!」
 シャンクをよけて部屋に転がり込むと、兵士は息せき切りながら振り絞るように告げた。
「包囲軍が攻撃を開始しました!」
 部屋に緊張が走った。コウはゆっくりと瞼を開く。
「来たか……」
 後世に語り継がれるラドウェア戦役が、今、幕を開けようとしていた。


◇  ◆  ◇


 コウが西門南の塔に到着すると、そこには既に鎧を着込んだシュリアストの姿があった。振り返る彼に向かって軽くうなずき、コウは矢狭間から外の様子を伺う。
 攻城兵器もなければ、盾を持つ者さえない。城壁にかけるはしごもほとんど見当たらず、その根元にたむろする兵士たちがラドウェア兵の矢で容赦なく射抜かれていく。
 コウは眉根を寄せた。これは、城攻めではない。単なる突撃だ。
 コウと同じ光景を見ながら、シュリアストが尋ねた。
「兄は?」
「守りの塔の指揮を任せてある。ああしている間は敵陣に飛び込みはしないよ。大丈夫だ」
 昨晩の怒り心頭の状態であればともかく、今この状況で単独行動を起こす人間ではない。文官や年配の輩(やから)には、力ばかりの男と陰口を叩かれがちな事をコウは知っている。だが、シークェインが守備隊長の地位を得たのは偶然ではなく、務めを果たしているのは奇跡ではない。彼には天賦の戦の才がある。秋からの長い謹慎の後の戦いに、生き生きと指示を出している彼の姿は容易に想像できた。
「…しかし、初めてだよ、こんな薄気味の悪い戦いは。こんな無謀な戦い方で、ああもひるまずに前進してくる。まるで人間じゃないものを相手にしてる気分だ」
 コウの言葉にうなずいて、シュリアストは矢の雨を浴びる兵士たちを眺めやる。
 胸に矢を受けた鎧の男が倒れる。心臓を射抜かれただろう。城は攻めるより守る方がはるかに容易(たやす)い。ただこうして数を減らしていけば、勝ちは決まるように思えた。
 だが、この戦いは、おかしい。
 軽装のバンシアン兵から、重装備のベルカトール正規兵。そればかりではない。鎧を身にまとわず、武器すら持たない、ただの村人としか見えない者の姿まである。
 シュリアストは目を戻す。そして見た。つい先刻に心臓を射抜かれたはずの鎧の男が、何事もなかったかのように上体を起こすのを。
「……!」
 見れば隣の兵も、肩に矢を受けながらにして弓を射ている。その隣も。そのまた隣も。
「コウ…!」
 助けを求めるように、近衛長の名を呼ぶ。そして、コウもまた気づいた。
「何だ…これは……!」


◇  ◆  ◇


「なんだこれは!!」
 守りの塔近辺の守備を務めていたシークェインは、期せずしてコウと同じ台詞を発していた。
 上から熱湯をかけても、石を落としても、兵士たちはためらうことなくはしごを上ってくる。熱湯に皮をはがされようとも、落石に兜ごと頭がひしゃげようとも。
「不死の兵か…!」
 魔導師の塔で報告を受けたティグレインは、らしくもなく呻いた。
「だがこの数は有り得ぬ…」
「ありえぬったって現実だろうが!」
 苛立ちを叩きつけるカッシュ。その隣で、ヴァルトが意味ありげに笑った。
「それも一番ヤバい現実だね」
「一番、とは?」
「《霊界の長子》」
 《霊界の長子》―――エンガルフ。ティグレインは過敏に反応した。その二つ名の指すところが真実ならば、その男は千といわず万といわず死者を操ることができるだろう。
「だが霊界の者が地上に出る事は不可能…!」
「や、出なくても、死んだ人間を死なせないコト自体はできるし。それに」
 ヴァルトは言葉を切った。風界で異界の王同士のすさまじい戦いを見てから一年が経つ。あれを地上に持ち込まれたなら、全てのものがたやすく滅び去るだろう。
「エンガルフは少なくとも風界に出られる。となれば地上なんてすぐだ」
「馬鹿な! 霊界の者が異界を渡るなど―――」
「ティ、ティグレイン様!」
 息を切らしながら、モリンが入ってきた。ティグレインの私室だが、緊急報告の多い今は鍵を開放している。
「て、敵が外城壁に上がってきました!」
 ティグレインは無言で立ち上がった。つかつかと出口に向かいながら尋ねる。
「陛下は何処(いずこ)に」
「ええと…、け、怪我人の世話をするとおっしゃって、北門に」
「―――」
 ティグレインは深く溜息をついた。他者をいたわる美点が親譲りならば、自分の身の安全を省みぬ汚点も親譲りだ。
「良い。行くぞ」
「は、はい」
 モリンを引き連れて歩き出す。
「カッシュ、貴公ならば死者とも戦えるであろう。守備隊の指示下に入れ」
「言われなくとも」
 カッシュの握り拳が一瞬青い光に包まれる。己が拳や武器に魔法を乗せての白兵戦は、彼の最も得意とするところだ。
 外套(マント)をひとつはためかせると、ティグレインは自室を後にした。


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