Radwair Cycle
-NARRATIVE-
"もうひとつの作戦会議"
〜Another Session〜

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 会議室を最後に退室したコウは、入り口を出たところでぐいと肩をつかまれて振り返った。シークェインの姿がそこにあった―――と思いきや、コウは壁に押しつけられた。
「なんでおれを出さない」
 迫られて、コウは一旦はたじろいだが、余裕を取り戻して苦笑した。
「言っただろう。お前はラドウェアの地形に慣れてない。気持ちはわかるが、お前を出すわけにはいかないよ」
「……それだけか?」
「それだけ、とは?」
 慎重に、コウは問い返した。シークェインは苛立たしげに指で壁をトントンと叩く。
「おれに、なにか隠してるんじゃないのか」
 表情を変えぬよう、コウは最大限の努力をした。
 ―――まったく、こいつの勘の良さときたら。
 レリィのこともある。預言のこともある。いずれにせよ、万が一にもここでシークェインが敵の手に渡ることがあってはならない。
「お前には、まだやってもらいたいことがある。…それだけだよ」
 微笑(ほほえ)むコウの焦茶の瞳を、シークェインは射るように見つめていたが、やがてそれをやめてコウから離れた。
「あいつはすぐ、死ぬのは怖くないとかぬかす」
 シュリアストのことだ、とコウが理解するまでには二秒ほどを要した。
「頭いいくせに、肝心なことは全然わかってない」
 それがシークェインなりの気遣いであること、彼が心底弟を心配していること、それがわからぬコウではない。緊張していた頬を緩め、優しく諭(さと)す。
「勝つっていうのは、敵を倒すことじゃない。自分を含め、一人でも多く味方を生かして帰すことだよ。シュリアストはわかってる」
 シークェインは首を振る。
「あいつはすぐヤケになる」
「一人で戦ってるところしか見てないからだよ。守るべき相手さえいれば、シュリアストは命を捨てない」
「…だが毎回ケガして帰ってくる」
「そうだな」
 コウは微笑(ほほえ)んだ。
「それでも、危機に追い込まれた最後の一歩のところで、命を投げ出さない。だから、任せられるんだ」
 シークェインはしばらく黙していたが、強い溜息をついてから、コウに向き直った。
「おまえのことは気に食わないが、人を見る目があるのは知ってる。おまえがそう言うんなら、あいつは適役なんだろう」
 シークェインは世辞を言う男ではない。コウにとっては意外な好評価だった。
「だけどな。あいつになにかあったら、おれはおまえを許さない。絶対にな」
「……わかってるよ」
 許さない、と言われたのは二度目だ。一度目はエアヴァシーの陥落。あれは怒りの矛先を失ったシークェインの、いわば八つ当たりじみたものだ。
 だが、今回。もしシュリアストが命を落とす事があれば、シークェインは本気で自分を殺しに来るだろう。コウはひしひしとそれを感じた。だがコウとて、シークェインに脅されずとも、シュリアストを死なせる気は毛頭ない。
「お前たち二人には、生きていてもらわないと困るんだ。何があってもな」
 そう告げながら、コウの表情には憂いがあった。
『その月に訪れる異境の者、その一方は女王の最後の盾』―――
 『最後の盾』は、自分ではない。預言を聞いた時からずっと気にかけていた。自分はどこかで役目を終える時が来るのだ。ディアーナの元を離れる時が。そしてその示すところは、恐らく、死だ。
 頭一つ分高いシークェインの顔を、コウは見上げた。
「ディアーナ様を、頼むよ」
「……、おう」
 突然の話の飛躍に、シークェインは目をぱちくりさせ、そう答えることしかできなかった。コウは口元に笑みを浮かべ、シークェインに背を向けて歩き出した。


◇  ◆  ◇


 魔導師の塔には、地下実験室がある。今は淡い光に満たされていた。中央の床に描かれているのは、魔力回復の魔法陣だ。そこに、ヴァルトは体を横たえていた。
「おー」
 起き上がろうとするヴァルトを、ティグレインが手で制した。
「良い。そのまま休めておけ。この度の出撃で勝てなければ、あとは貴殿に頼るしか無いのだからな。尤(もっと)も、」
 漆黒の魔導師を一瞥する。
「貴殿の出番など、国の歴史が終わるまで無いに越した事は無いが」
「あら、お褒めにあずかり光栄至極」
「どこも褒めてないじゃないか…」
 ティグレインの後について入ったコウが、傍(かたわら)の椅子に腰かける。
「まったく、反則だよ、お前は。あれが全部死体と決まったわけじゃなかろうに」
「や、少なくとも味方は混じってないっしょ」
 《波紋の刃》のことだ。溜息をついて、コウは腕を組んだ。
「魔導師ヴェスタルと、《霊界の長子》エンガルフ…か」
「ヴェスタルの狙いは龍の血、エンガルフの狙いは巫女殿。まさに利害の一致と言う訳だ」
 ティグレインが継ぐ。コウはしばらく顎に手を当てて考える仕草をしていたが、それを解いてヴァルトの方に体を向けた。
「あの不死の兵士たちだが…、戦いが長引けば、精神的にも肉体的にもこっちがもたない。どうにかならないか」
「やー……」
 ヴァルトは天井を仰ぐ。死体はいくら倒しても無限に湧いてくるかのようだった。あの《波紋の刃》をもってしても、一時的に数を減らしたにすぎない。死体を操る者を倒さなければ、もはや意味がないと思われた。
「エンガルフねぇ…。ぶっちゃけ力押ししか思いつかないんですけど。それをやるには今オレの魔力が足りない」
 肩をすくめるヴァルト。コウは二度目の溜息をついた。
「せめてヴェスタルの方だけでも、今回の出撃で倒したいんだが…」
「再生能力が衰えてきてるなら、囲んで斬りまくればそのうちただの肉塊になるけどね。途中でエンガルフが現れたら一巻の終わりだし、ヴェスタルの方も心得てるからエンガルフから離れないでしょーよ」
 ふと、コウが素朴な疑問を発した。
「エンガルフは、どのくらい強いのかな?」
「ヴィルと五分。オレとタイマンなら多分オレが負けるね」
 挙がったのは、いつからかラドウェアから姿を消した白変種(アルビノ)の名だ。ヴィルオリス、風の半精霊。ヴァルトと互角に渡り合う数少ない存在だ。
「負けるって…、つまり、ヴァルトよりも強いと?」
「うん」
 コウの確認に、あっさりとヴァルトがうなずいた。
 コウをはじめ、ティグレインもまた、その強さを測りかねていた。この場の、いやラドウェアの、誰がヴァルトの真の力を知っていると言えるだろう。基準すらそれほど曖昧だ。コウが眉を寄せる。
「弱点みたいなものはないのか?」
「余裕あるから隙はしょっちゅう見せる。けどそれをカバーして余りあるほど強い。何とかして肉を切っても、あっさり骨を断たれるね」
 部屋は重い沈黙に占拠された。あの《漆黒の魔導師》ヴァルトをしてここまで言わせしめる者。それを相手にする、この戦い。
 さらにヴァルトが付け加える。
「ヤツは神出鬼没だ。霊界を経由してどこにでも現れる」
「内外城壁がある限りは、城の中に現れる事は無い」
 ティグレインが、コウを安心させるようにか、補足する。まだ魔物が地上を闊歩していた頃に、《黒耀の魔導師》ルニアスが施した結界だ。それがなぜエアヴァシーやリタには施されなかったのかはいまだ謎だが、とにもかくにもルニアスが全ての魔物を霊界に追い返し、大陸に平和が訪れたのは、子供でもよく知る昔話である。
「…もし、城壁が壊れたら?」
「結界も消える」
「やっぱりそうか…」
 コウは顎に手を当てる。
「しかし、攻城兵器もなしに城壁を破るなんて事は…」
「できる」
 ヴァルトはそっけなく言った。
「ヴェスタルは魔導師だけが使える攻城兵器を作れる……もしかすると今作ってる」
「それは…、」
 ティグレインの顔が引きつったのは、火傷(やけど)のせいではなかった。
「魔動人形(ゴーレム)か!」
 魔動人形。主に人型をした、術師の命令で動く魔導具の一種だ。材質は粘土から鋼まで様々、大きさもしかり。それらを作り、動かすのは、ヴェスタルの得意とする術のひとつだった。
「早急にヴェスタルを止めねば大変な事になる!」
「でもご一緒のエンガルフはどーすんの?」
 珍しくも焦りを隠せないティグレインに代わって、コウが答える。
「うん、それなんだが。作戦では魔導師団の陽動と近衛の本隊でエンガルフを引きつけて、残されたヴェスタルを別動隊が狙うつもりだ」
「なるほど。かなーり命がけね。…よっと」
 足元のコウに向かって、ヴァルトが首を持ち上げる。
「シークに全部説明してもよかったんじゃないの? エンガルフのコトとか預言のコトとか」
「ああ、うん…」
 椅子に腰掛けたまま、コウは指を組む。
「あいつが、信じるかなと思ってな…。巫女の預言にしろ、エンガルフの強さにしろ。…いや、仮に信じたとしても、むしろあいつは立ち向かって行くんじゃないかと思って」
「あー、そゆコトね」
 ヴァルトはばったりと大の字に倒れ、天井を眺めていたが、そのまま瞼を閉じて深呼吸をした。
「ティグ」
「…何か?」
「言いたいコトあるんじゃないの?」
 片目を開けて、ティグレインを見やる。ティグレインが答えに詰まったのを見て、
「あ、じゃあ俺はこのへんで失礼するよ」
 とコウが立ち上がった。


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