Radwair Cycle
-NARRATIVE-
"激情"
〜a Grief〜

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 ひとたびは止まった重い音と地響きが、再び始まった。断続的に続くそれは、魔動人形(ゴーレム)が外城壁を攻撃している音に相違ない。
「シークェイン様、」
「報告だ」
 その返答に、司令室前の歩哨二人は顔を見合わせた。守備隊長が直々に報告に訪れるとは。まして、その姿は不死者たちのものと思(おぼ)しき血まみれだ。いずれにせよ、何かよからぬことが起こっているのは、彼らにとっても明らかだったとみえる。二人はそろって一礼すると、元の彫像のような立ち姿に戻った。
 脱いだ兜を脇に抱え、同じ手に槍斧を持って、シークェインは指令室の前に立つ。扉は閉ざされており、中の様子は伝わってこない。おもむろに、視線を上げる。瞼を一度閉じ、開く。
 取っ手に手をかけ、扉を開けた。中央に据えられた重厚な作りの机の前に、ディアーナとシャンクが立っていた。シークェインの姿を確認して、ディアーナの顔がぱっと明るくなる。
「シーク! 大丈…」
「ディアーナ、シャンク」
 二人をゆっくりと見渡して、シークェインは告げた。
「コウが死んだ」
 時が、止まった。
 たった今耳にした言葉を、二人は理解しあぐねているようだった。シャンクが、端正な唇の端をかすかに引き上げる。
「今―――何か、言いました?」
「聞こえなかったんならもう一回言ってやる。コウが死―――」
「嘘をつくなッ!!」
 シャンクが吼えた。狂気じみた豹変だった。
 シークェインは顎を軽く上げる。
「じゃあ見てこい。外に転がってる」
 ガタン、という音がした。二人は音の方に目を向ける。ディアーナが、机に背をもたせかけた状態で尻餅をついていた。琥珀の双眸は焦点を失っている。
 明らかな動揺の見て取れるディアーナを尻目に、シャンクは体ごと、ゆらりとシークェインの方に向き直る。
「そんなわけ…ないじゃないですか」
 唇には笑みを浮かべている。
「あの人が……何ですって?」
「首を斬られた」
「あはは、どうしてそんなこと……そんな…こと……」
 不意に、シャンクは頭ひとつ高いシークェインに飛びついた。握りしめた拳を、渾身の力を込めて鎧の胸にたたきつける。
「どうして! どうして助けてくれなかったんですかぁ!!」
 金切り声を上げながら、二度、三度と板金鎧を殴りつける。金色の髪を振り乱すその錯乱ぶりは、平時の彼からは到底想像のつかないものだった。
「コウさっ…ボクがぁ! ボクが約束したのにっ……約束したのに…!!」
 涙と嗚咽(おえつ)が、シャンクの喉をふさいだ。滑り落ちるように膝をつく。
「許さなっ…、なッ…、…イヤだぁ! ボクもッ…一緒じゃなきゃイヤだ……ぁああッ……!!」
 突然、シャンクは首元をぐいと引き上げられた―――と思いきや、その顔をシークェインの掌(てのひら)が横殴りにした。勢い、シャンクは床に倒れ込む。シークェインの兜が転がり、支えをなくした槍斧が倒れる。
 今に至るまで無表情を貫いていたシークェインが、今度はシャンクの髪を無造作につかんで持ち上げた。その顔をぐいと自らに向けさせる。
「目をさませ、気合い入れろ! 死んだのはだれで生きてるのはだれだ、言ってみろ!!」
 大喝だった。シャンクは虚を衝かれたように目を見開いている。
「あいつの一番弟子だろう! しっかりしろ!!」
「……、……な…」
 ふた呼吸ばかりの間を置いて、目を見開いたままのシャンクは呟くように尋ねた。
「…殴りました?」
「ああ、なぐった。もう一発いるか?」
 その言葉にシャンクは、痺れにも似た頬の痛みを味わうように目を閉じ、かすかに笑んだ。
「そうですね」
 聞くなり、シークェインは再びシャンクの顔を打った。呆然と見ているディアーナをよそに、シャンクはゆっくりと身を起こし、立ち上がって口の端を拭(ぬぐ)う。
「……血だらけじゃないですか、口の中」
「そりゃそうだろ。本気でなぐったからな」
「ふふ」
 頬の内側にできた傷口を舌で確かめるようになぞり、口腔内に満たされた血と唾液をごくりと飲み込むと、シャンクは一言、言葉を落とした。
「気合い、入りました」
 そのまま颯爽(さっそう)と指令室を出ていく。それを見送って、シークェインは目線を部屋の中央に戻した。
「ディアーナ」
「あ……うん、…大丈夫」
 言葉とは裏腹のぎこちない笑み。
「大丈夫、まだ…頑張れる」
「強がるな」
「うん…。ありがとう」 
 動きを知らぬ人形が不意に命を吹き込まれてひとつひとつ確かめながら四肢を動かしていくように、ディアーナは足を引き寄せ、机に手をついて、よろめきながら立ち上がった。
「あ…。アリエンの所、行ってくるね」
 驚いてシークェインはディアーナを見やる。
「おまえ…、」
「じっと、してるより…。それに、私が行くのが…」
 言葉が途切れるのは、そこまでを口に出すのが精一杯なのか、はたまた思考も停滞しているのか。ディアーナはたどたどしい足取りで扉へ向かう。その頭に、シークェインは大きな手を乗せた。
「さすがはおれの惚れた女だ」
 首だけで振り返ったディアーナを、見下ろして笑む。
「…昔の話だな。知ってたか?」
 ディアーナは、笑むとも困るともつかぬ表情で、首をかすかに傾(かし)げた。シークェインはぽんぽんと彼女の頭を軽く叩き、手を下ろして床に転がった兜と槍斧を拾い上げると、外套(マント)をひるがえす。
「アリエンには、立派な最期だったと言ってやれ。…そんなもんで喜ぶかどうかはわからんけどな」
 そのままディアーナを追い越して指令室を出ると、深い溜息をひとつ漏らして、廊下を歩き出す。
 ―――コウ。まだおまえと勝負してない。
 ラドウェアに来てまもなくコウに目をつけ、事あるごとに勝負を挑んだが、のらりくらりと逃げられた。「俺は強くないよ」、コウはそう言い続け、シークェインは納得しなかった。コウ自身に挑む前段階として、その部下シャンクとも何度か勝負したが、決定的な勝ちは得られなかった。今となっては、なぜあんなに勝負にこだわったのかわからない。恐らく、自分なりの納得を求めていたのだろう。
 あの頃、いつかは勝つ自信があった。だがその日は永遠に訪れることはなくなった。
 ―――言うことだってもう少しあったはずなのに、
 衝動的に、槍斧を床に力一杯叩きつける。
 ―――どうしてくれる!
 金属と石床が激しくぶつかり合ったその残響を聞きながら、シークェインは首を横に振った。
「…ばかやろう…!」

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