Radwair Cycle
-NARRATIVE-
"暗礁"
〜the Meeting hit a Snag〜

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 魔導師の塔の二階に、小さな会議室がある。ティグレインが扉をくぐると既に、モリンに命じて召集をかけておいた魔導師団の各班長と参考人が、長卓台(テーブル)の左右に顔をそろえていた。
 ティグレインの姿を見るなり、カッシュが片眉を跳ね上げる。
「お前、デコ飾りどうしたんだよ」
 ティグレインは額に手をやり、目を閉じる。
「金具に緩みが有ったゆえ、直している」
「…ふうん」
 カッシュの不審の目を背に卓台(テーブル)を回り、外套(マント)を払って席に着く。居並ぶ魔導師たちにひと渡り視線をやって、ヴァルトがいないことに気づいたが、面(おもて)に出すことなくティグレインは告げた。
「オーフル・アルトニーが死亡した」
 沈黙が応える。この場の主立った者たちは、ヒュレンの展開した映像を通してその現場を目にしている。死体の群が近衛たちを、そしてオーフルを、惨殺するその様を。
「近衛長が足止めされ、近衛が速やかな撤退を妨げられた事が敗因と思われる。この点についてあの場で我々に出来る事は無かった、と私は考える」
 接近戦、ことに混戦の中では、魔導師は何の役にも立たないと言って過言ではない。集中や詠唱にかける時間、正確な狙い、それらのすべてが奪われては、魔法を発動させることは不可能だ。そもそも、周囲を一切巻き込むことなく発動する魔法はごく限られたものしかない。拳や武器に魔力を乗せ、自身も身体能力に傑出するカッシュは、魔導師団の中にあって白兵戦の可能な数少ない特例だ。
「気になる点がひとつございます」
 魔導師団の中でも年輩にあたり、かつて副魔導長を務めたセージロッドが発言した。
「映像を展開する前…、敵が近衛と接触して間もなくだと思われますが、その際に生じた魔力の波動が、前々魔導長のものに非常に近い」
「…シェードに?」
 ざわり、と空気がゆらめく。大半の者の驚きと、魔力感知に優れた者たちのやはりという確信、残るはシェードの名は知れど実際に目にしたことのない者たちの不安げなざわめき。
 《宵闇の魔導師》シェード。ラドウェアから姿を消して十年になろうか。早、伝説になりつつある魔導師だ。強大な力を持ち、長い年月を生きた。だがそれらがすべて、自らの体の一部を贄(にえ)として差し出すことで行(おこな)った、異界の者らとの契約がもたらしたものである、という事実を知る者は少ない。
 その数少ない者の中に含まれるティグレインは、即座にセージロッドの言の指し示しうる可能性に突き当たった。
 ―――シェードと何らかの契約を結んだエンガルフが、最終的にシェードの力を自らのものにした。
 それが事実だとすれば、ティグレインにとって第二の師とも言えたシェードの驚愕の末路だった。背筋を冷たいものが降りる。だが事実如何(いかん)に関わらず、この場を収めることが先だ。どよめきが静まるまでの間に、ティグレインは口に出すべきことを取りまとめる。
「エンガルフは魔導師では無い。故(ゆえ)に使うとすれば放出系魔法のみ。その波動が如何(いか)にシェードに近かろうと、防ぐ手立ては有り、それはそう複雑な物でも無い。エンガルフ自身の魔力や解放力が高く無い限りは問題有るまい」
 団員たちは沈黙した。とはいえ、それはあふれ出んばかりの不安を内包した沈黙だ。自らの心臓の鼓動を数えながら、ティグレインは裁きを待つに似た心地で、次なる発言を待つ。
「エンガルフの持つ魔力や解放力は、いかばかりと?」
 放出系魔法の破壊力がその二つに依存する以上、セージロッドの問いは必然的なものだった。
「それを測る術(すべ)は無い。だが、好んで魔法を駆使する傾向には無いと思われる」
 問いの答えになっていないと知りつつ、ティグレインはそう答えるより他なかった。
 それぞれが思案を巡らせる。魔導長に対する不信が噴出しないのは、魔導師団が一枚岩である証拠だ。その根にはラドウェアへの揺るぎない愛情と忠誠心がある。仮にこれが、ヴェスタルの言うように女王の魅了の力によるものだとしても、ティグレインにとってはありがたかった。今は足の引っ張り合いをしている場合ではない。
「魔法を使うのであれば、近衛や守備隊は近づけません。でも…」
「あれでは魔導師団とて近づけまいよ」
「あらかじめ戦闘隊形を取って待ち構え、複合魔法を展開すれば、奴といえどもかすり傷ではすまないだろう」
「だが、それを行うには不死の兵士たちが邪魔になる」
「例えば、《波紋の刃》で兵士を一掃した後に戦闘隊形を展開するわけには?」
「その《波紋の刃》は誰が唱える?」
 その問いを受けて、全員の目線がティグレインに向けられる。彼らすべての言わんとするところを、カッシュが代弁した。
「ヴァルトは?」
「恐らくまだ魔力の回復を終えていない」
「最近よく自室にいるんじゃねえ?」
「そうであるにせよ、《波紋の刃》を使うだけの魔力をこの数日で回復し切ったとは思えぬ」
「…何してんだよあいつ」
 最後の言葉はカッシュが呟きとして終わらせたため、聞き取りはしたもののティグレインは問いとはみなさず答えなかった。
 手詰まり、という語が、この場の誰しもの頭をよぎる。参考人として参加しているヒュレンが、深い溜息をついた。
「ヴィルオリス殿がいれば…」
 思いは同じか、口を挟もうとする者はいない。ティグレインがかすかに首を横に振る。
「この場に居(お)らぬ者の事を述べた所で始まらぬ」
 会議は暗礁に乗り上げた体(てい)だった。その暗礁を砕くなり乗り上げた船を浮かすなりできるような、ずば抜けた力を持つ者は、恐らく魔導師団にただ一人。この場にはいない。
 ティグレインは腕を組む。魔力の回復にも努めず、ヴァルトは部屋にこもって一体何をしているというのか。
 ひとつの可能性が思い当たった。次の手があることを、出撃前の晩にヴァルトは示唆していた。だがそれがいかなるものか分からない以上、口にするのは早計だ。
 結果として、暗礁に乗り上げたままの会議は、閉会時間を迎えることとなった。

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