Radwair
Cycle -NARRATIVE- |
"禁じ手" 〜a Breach |
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「はーい、お・ま・た・せ、諸君」 「会議でのおふざけは無しにして貰おう」 両手(もろて)を上げて颯爽と登場したヴァルトを、ティグレインがぴしりとたしなめる。 ヴァルトの後ろからシークェインが現れた。並ぶと実に大人と子供のような身長差がある。並外れた体格のシルドアラ人は、ヴァルトを押し退けて自らの席にどっかと座った。押し退けられたヴァルトは、会議机に手をついて、驚くべき跳躍力でそれを乗り越え、空席に着席する。本来であればレリィの席だ。 「外城壁は、もって五日。内城壁は七日が限度」 そう話し始めたヴァルトの唇には変わらず笑みがあったが、見る者が見れば、目元には微塵の緩みもないことが見て取れただろう。 「魔動人形(ゴーレム)を動かしているのはヴェスタル、ヴェスタルを仕留めるために邪魔なのが不死者たちとエンガルフ。つまり、まずエンガルフを何とかすれば道は見えてくる」 一旦言葉を止め、頭の後ろで手を組む。 「で、そのエンガルフ。魔導師団じゃ相手にならない。魔法を展開する予備動作のうちに皆殺しにされるのがオチ。かといって白兵戦もかなーり厳しいのはご存じの通り」 ルータスが口を挟む。 「遠くからの魔法で狙うわけには?」 「遠距離魔法は得てして威力が低い。それに発動が見つかって霊界に逃げられたら終わり。地上にいようとも霊界にいようともダメージを与える魔法が要る」 「その様な魔法など…」 抗議しかけるティグレインに、横目でヴァルトはにやりと笑う。 「正解。ありません、そんな魔法」 ティグレインばかりでなくその場の全員が抗議の口を開こうとするのを片手で抑え、ヴァルトは続けた。 「既にある魔法を基盤にこれから作ります。ていうかもう半分できてる」 ほう、とルータスが感嘆の声を漏らす。だが魔導師であるティグレインは慎重だった。 「既にある魔法、とは?」 得たり、とヴァルトが応じる。 「詠唱系超級魔法《七星の王》」 「超級?」 「《七星の王》?」 シュリアストとシークェインが同時に疑問の声を上げた。当然想定内なのだろう、ヴァルトは落ち着き払っている。 「説明聞きたい? 聞かない方がいいかもよ?」 シュリアストはディアーナに目を向ける。女王はうなずいた。 「聞かせてください」 「おけ。ティグっちどーぞ」 「……、」 いささか呆然としていたティグレインは、我に返るなり苦い顔をした。ヴァルトにはどうやら説明をする気が皆無らしい。 背筋を伸ばす。無表情ではあるが、火傷の痕から覗く顔色は決して良くはない。 「《七星の王》とは、詠唱系超級の禁忌魔法だ。禁忌とされる理由は、一つに効果範囲が広すぎること。ここからエアヴァシー、ベルカトール、場合によってはリタまで、」 ティグレインは目を細める。 「消えて無くなる」 「そッ…!」 「まー待て待て」 声を上げたシュリアストをヴァルトが制したのを確認し、ティグレインは続けた。 「二つ目の理由は不安定性。暴発の多い危険な魔法だ。これは《七星の王》の詠唱文自体に何らかの欠陥が有ったものと思われる。歴史上のいくつもの国が、この魔法の使用あるいは誤使用で滅びてきたと言う」 「待ってくれ」 再度、シュリアストが声を上げた。 「そんな危険なものを…、……、ラドウェアどころか大陸が危うくなるだろう!」 「そうね」 あっさりとヴァルトは応じた。いっそ憎々しいほどの落ち着きぶりだ。軽く手を挙げてティグレインに礼をし、どっこいしょ、と声を発しながらおもむろに立ち上がる。 「さて。暴発した、と言われるのは、あらかじめ想定された範囲もしくは威力を遙かに上回ったから。そこにはひとつ理由がある」 「理由?」 当然の問いを発したシークェインに向かって、ヴァルトは片目をつぶる。 「教えない。ただ、オレは範囲や威力を正確に定めるカギを持ってる、とだけ」 ヴァルトが一度そう言ったなら、彼自身が理由なしにくつがえすことはない。それを知っているシークェインは、むっつりと口を閉ざす。 会議室に沈黙が降りた。予想を次々と超える話に、誰もが判断をしあぐねている様子だった。シュリアストが呻くように絞り出す。 「お前を…信用するしかない、というのか」 「ま、そゆコト」 いけしゃあしゃあとヴァルトは応じる。 「話続けますよ。《七星の王》は、とにかく範囲が広い。オレが制御したところで、リタまで吹っ飛ぶのは避けられない。そこで、」 ヴァルトは親指を立てる。 「《七星の王・改》、ですよ」 「改?」 シュリアストとシークェインが、異口同音に問う。ヴァルトはうなずいた。 「魔法の範囲を狭めて、その分威力を上げる。それで《改》」 「待たれよ」 先刻のやりとりが聞き間違いではなかったことに焦りと驚きを禁じえず、ティグレインが口を差し挟む。 「詠唱系魔法を改変する…と?」 「うん。っていうか、した」 その返答にティグレインが愕然とした理由を、他の者らは知らない。 詠唱系魔法はいずれも、古帝国デュライエムの時代に編まれたものだ。当時の魔法技術の多くが失われた現在では、改変は不可能とされている。危険性があまりに高いためだ。 まして《七星の王》である。別名『デュライエムの光の槍』と呼ばれ、古帝国を繁栄させたと同時に最終的には滅ぼした、かの帝国の象徴とも呼べる強力無比の魔法だ。 それを改変したとは何事か。改めて、ヴァルトという男は一体何者なのか。 そのヴァルトはちらりとティグレインに目をやったが、魔導長が口を開く気配がないのを見て取って、話に戻った。 「《七星の王》を発動させるには条件がある。これは元々『あるもの』を追尾する魔法。だから地上にいようと霊界にいようと支障ない。その代わり、発動させるためにはエンガルフに『印』をつける必要がある」 「…《七星の王》が何かを追尾する、とは初耳だが」 「だろうね」 解説を期待するティグレインはそれを裏切られた。ヴァルトは軽く受け流しただけで次に進んだのだ。 「問題が二つあってね。一つは、強力すぎて七界のどっかをゆがめる可能性がある」 口を開きかけるシュリアストを、ヴァルトは手で制す。 「後で質問受けつけるからちょっと待って。で、もう一つの問題。誰がエンガルフに印をつけるか」 「その、印というのは?」 問いを発したディアーナをヴァルトはまたも手で制したが、思い直したか、その手を翻(ひるがえ)した。一瞬にして手の中に現れたのは黒い剣、金の装飾の入った三日月刀だ。 「具体的にはコレ。エンガルフの体に刺せばその血を取り込んで変形する。それを誰がやるか、そもそもできるのか、が一番の問題」 再び手を翻して剣を消す。 「本来なら転位魔法を確実に使えるオレ。ところが今回はオレがいなけりゃ魔法が発動しない。次の候補としては、魔導師団で転位魔法陣を描いて送迎を行う。ところが魔導師団は別の任務に全員当たってもらうので無理」 「別の任務、とは?」 ティグレインにしてみれば当然の問いだ。魔導長に一言の相談もなかった件に関しては、もはや問い詰めることを諦めたらしい。 全員が返答を待っているのを確認して、ヴァルトは話し始めた。 「地上で発動したなら、ラドウェアの城が跡形もなくぶっ飛ぶ。そうなっちゃ困るので必要になってくるのが、魔導師団による結界の展開。全員で本城(キープ)前に結界を張る」 魔導師団総出での大規模結界。過去に例のない作戦だ。 ルータスが控えめに問う。 「本城前、ですか…。市街を残すわけにはいかぬものですか」 「魔導師の人数が足りない。今の作戦でも、最大四人びびって結界張りそこねたら、全部サヨナラ」 いまだ使われたことのない魔法の威力を計算し尽くしているどころか、魔導師団全体の魔力を狂いなく把握している。いつもながらティグレインは内心で舌を巻いた。 「ま、そんなわけで、」 ヴァルトは肩をすくめ、首を傾ける。 「エンガルフに剣を刺すのは、誰かが歩いて行ってやるしかない」 部屋の中の誰しもが、その指し示すところに気づいた。充分に間を置き、一人一人の顔を見渡して、最後にヴァルトは不敵に口角を上げた。 「そう。この作戦には、犠牲が要る」 |
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