Radwair Cycle -NARRATIVE- |
"大事" 〜Turning Point〜 |
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どちらが勝ったところで、《霊界の長子》にとっては痛くも痒くもなかったのだろう。わずかに顎を上げたエンガルフが、残忍な笑みを浮かべている。その手に例の巨大な魔剣はない。 シークェインは槍斧を引き戻し、油断なく構える。そして、エンガルフが行動を起こさないと見るや、咆哮を上げながら突進した。 エンガルフは動かない。その胸の中央を槍斧が刺し貫く―――と見えた瞬間、《霊界の長子》は穂先をかいくぐって柄をつかみ、一気に引き寄せた。シークェインの懐に潜り込む。空いた手で鎧の首元をつかみ、さらに引き寄せる。 「せっかくだ。場所を変えようではないか」 至近距離で囁かれ、シークェインは全身が寒気立つのを禁じえなかった。エンガルフにその気があれば、確実に、殺されていた。 息を殺しながら、シークェインが問う。 「どこに」 「たとえば、そう…、我が本拠地(ホームグランド)などどうだ」 エンガルフの背後で、闇がその巨大な口を開けた。天を覆うかのような漆黒が覆い被さってくる。シークェインは動けなかった。恐怖よりも、絶望に、足がすくんだ。 「シークさん!!」 手を伸ばすシャンクの前で、二人を飲み込んだ闇は口を閉ざし、一瞬のうちに消え失せた。 本丸(キープ)の前に立ち並ぶ魔導師団。近衛らを本丸に迎え入れて魔導長とモリンの合図を受ける、それまでの短くも長い時間を、じれながら待つ者、緊張を押し殺す者、努めて平静を保つ者、その面もちは様々だ。 「おい、あれ…」 大通りをこちらに向かって歩く複数の人影に、いち早く気づいたのはカッシュだ。セージロッドが目を細めて確認する。 「あの歩き方は、親衛隊長殿か。となれば…」 巫女親衛隊の五人。先頭を歩くのはクライア、その腕に横抱きに抱えられているのは巫女レリィだ。 「レリィ!?」 カッシュとセージロッドの間を割って、ディアーナがクライアに走り寄る。巫女を抱えたまま、クライアは厳(おごそ)かに一礼した。 「息はあります。ですが、酷い無茶をされた…」 「無茶?」 「全軍鼓舞の重ね掛けを」 その言葉で、事態の深刻さがどの程度ディアーナに伝わったかは判らない。そもそも過去に例のないことだ、その深刻さを正確に語ることのできる者はいないだろう。言えるとすれば、レリィは尋常ならぬ体力と精神力を費やした、ということぐらいだ。並の巫女であれば、そもそも二度目の鼓舞を行う気力すら起こるまい。 長い睫をぴくりとも動かさず、レリィは昏々(こんこん)と眠っている。もとより色白の肌はいっそう白く、ともすればその下に血の管が透けて見えそうだ。このまま一生目を覚ますことはない、と仮に言われたとて、誰が不思議に思うだろう。 ディアーナは長らくレリィの儚げな顔を見つめていたが、意を決したようにクライアを見上げる。 「私、今、レリィを看ていた方がいい? それとも…」 口ごもるディアーナ。意識のない親友の側にいることよりも優先せねばならない事由が彼女の中にあることを察し、クライアは短く問う。 「何か?」 その一言に、水が流れゆく先を得たように、ディアーナは言葉を継いだ。 「城のみんなが、不安がってる。近衛はまだ戻らないし、魔導師団は手が離せないし…」 ディアーナが指すのは、市街から本丸に避難した民たちだ。すがるような眼差しは、まさに彼らの眼差しそのままであるように感じられた。 巫女の友人である以前に、彼女は女王だ。レリィの意識がすぐに戻るか否か定かではない今、少しでも自らを「役立つ方向に使う」ことは彼女の急務なのだろう。 「みんなと話してきたいの。クライア、親衛隊と一緒に来てくれる?」 「かしこまりました。カミトー、巫女殿を館へ。テュータ、巫女の杖を持って共に」 「はっ」 「おい、ちょっと」 成り行きを見守っていた副魔導長カッシュが、クライアとテュータの間に割り込む。 「杖は使うだろ」 「誰が?」 「そりゃあ…巫女が」 「これ以上力を使われては、取り返しのつかない事になる」 眼光鋭くクライアが戒(いまし)める。カッシュは隣と顔を見合わせようとしたが、そのセージロッドが思案顔で俯(うつむ)いたためそれを果たせなかった。やむを得ず視線を宙に泳がせる。彼に気づくでもなく、セージロッドがディアーナに向き直った。 「陛下。《七星の王》の詠唱に、龍の血が必要なのではございませぬか?」 「えっ」 振り向いて、小首を傾げるディアーナ。 「何も聞いてないけど…」 「ふむ」 「マジで?」 今度こそ、セージロッドとカッシュは顔を見合わせた。ともあれ、ヴァルトが必要なしと判断したのであれば、ディアーナを今ここに留める理由はない。セージロッドは右腕を胸の位置に上げて敬礼する。 「畏(かしこ)まりました。お引き留め失礼」 「ううん。じゃあ、行ってきます」 本丸へと走り出す女王とそれを追う巫女親衛隊を見送り、セージロッドは視線を隣へ滑らせる。 「《七星の王》が龍の血を必要としない、と…?」 「まあ…要するにそういうことだよな?」 《七星の王》は龍の血を媒体とする、はずだ。互いの記憶が正しいことを確認し合い、セージロッドとカッシュはそれぞれに思いを巡らせる。ヴァルトによる『組み直し』は、龍の血の必要性すらも乗り越えたというのだろうか。 「とんでもねぇヤツだな」 「何を今更」 「ほんとだよな」 カッシュは後ろを振り向き、本丸を見上げた。曇り空を背景にそびえ立つ城。屋上にはヴァルトとティグレインがいるはずだ。目線を下ろして行くと、モリンと目が合った。片目をつぶってやると、強ばったひきつり笑いを返してくる。それがおかしくて、カッシュは噴き出した。 《七星の王》発動まで、半刻を切ろうとしていた。 |
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